失敗して、思い悩むキャラクターを身近に感じてもらえたら

――5月14日に発売された新刊『乱歩と千畝―RAMPOとSEMPO―』は江戸川乱歩と杉原千畝が学生時代に出会っていたら、という「if」を描いた歴史小説です。どのような経緯で執筆したのでしょうか。

青柳碧人(以下、青柳) もともと江戸川乱歩の作品を読んではいましたが、特別思い入れのある作家ではなかったんです。そんな僕に、新潮社文庫nexで復刊した江戸川乱歩の「少年探偵シリーズ」4冊目『青銅の魔人 私立探偵明智小五郎』の巻末解説の依頼が来たんです。少年探偵シリーズも読んだことはあったけれど、解説を書けるか分からないと編集者に伝えたところ「乱歩と私、みたいなエッセイでもいいですよ」とのことで、参考として先に発売された3冊分を送っていただきました。それぞれの巻末に島田荘司さん、辻村深月さん、北村薫さんといった錚々たるミステリー作家の方々が解説を書いていらしたのですが、読んでみると皆さん自由に乱歩作品への想いを綴っている。それなら、僕は短い小説を書こうと思いました。

――どんな小説だったんですか?

青柳 江戸川乱歩が作家になる前の、早稲田大学を卒業してふらふらしていた時代のことを書きました。創作なので同じ時代に早稲田に通っていた杉原千畝を登場させて、二人が蕎麦屋で出会って、互いに影響を受けてそれぞれの未来を進んでいくという話でした。それを面白いと言っていただいて、これを膨らませて一冊の小説にしようという話になったんです。

――解説で書かれた短編が、まさに本書の冒頭になったんですね。

青柳 そうですね。一章はこの短編を下敷きにしています。

――乱歩と千畝の二人が出会うという発想はどのように生まれたんですか?

青柳 小説なのだから史実に基づいたことだけではなくて、フィクションを書きたいんです。同じ大学に通っていた人間が同じ時代にいて、自然と出会っている。それは小説の中だからこそできることです。だから、それぞれの人物にキャラクター性を付けて活き活きと会話をさせるということをやってみたいと思いました。

――歴史を背景に、実在の人物を扱う上ではどんなことを意識されましたか?

青柳 乱歩も千畝も有名な人物だから、一般的なイメージというものがありますよね。特に乱歩は作品から形成されたイメージが大きい。でも、実際に江戸川乱歩のことを知っている人はあまりいないんじゃないかと思うんです。例えば、大学を卒業してから仕事を転々として、遅刻癖が酷く、すぐに行かなくなって辞めてしまうとか。そういう一般的なイメージにない部分を書こうと思いました。

――「if」を描くにあたっては事実とフィクションの兼ね合いがあると思います。特にこだわった部分はありますか?

青柳 時系列的に嘘はつかない、というのが大前提です。なるべくその時代の人たちの共通の話題や有名な事件を含ませるようにしながら、自分の作ったキャラクターで書くということにこだわりました。そうしないと、会話がリアルになりません。

――普段はミステリを多く手掛けている青柳さんですが、歴史小説ならではの執筆の苦労はありましたか?

青柳 資料を読んで、自分の書いていることと事実が合致するかどうか、というところです。例えば、『乱歩と千畝―RAMPOとSEMPO―』の中には関東軍が満州鉄道を爆破するシーンがあります。初めは千畝が電話でその知らせを受ける場面を書こうとしたのですが、そもそも、当時は各家庭に電話があったのだろうか、という疑問が湧いてきます。調べていくと、どうやらあまり普及していない。だけど杉原千畝は外交官だから、電話ができる環境くらいあるかもしれない。でも……と思い悩んだ結果、結局その部分は書かないことにしました。大きな歴史の流れの中で都度、細かい部分に立ち止まって考えなくてはならない大変さがありました。

――これから本書を読まれる方に見どころやポイントを挙げるとしたら、どんなどころでしょう?

青柳 歴史上の偉人は遠い昔の人、あるいは本の中の人と感じている人も多いと思います。けれども、その時代にはその人たちの生活があって、僕たちと同じように失敗したり、思い悩んだりします。今でもこういう人いるよね、とキャラクターを身近に感じてほしいです。