二人の役者としてのターニングポイント

――キャリアについてもお伺いします。この世界に入ったきっかけを教えてください。

北村 中学2年生の時に母親に誘われて、男性アイドルのコンサートに行って、ぼんやりとそれを観ながら「これは観る方ではなくて、ステージに立つ方になりたいな」と思いました。でも福岡の片田舎に住んでいたので、芸能界への入り方なんて分からなくて。そしたら僕が高校2年生の時に、母親にコンサートのチケットを譲ってくれた会社の同僚の方が、たまたま「息子さん、この雑誌に応募してみたらいいんじゃない?」と言ってくれて、自分で『ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト』に応募しました。1万5000人ぐらいの応募があって、読者投票などを経て12人のファイナリストに残していただいて、この業界に入りました。

――その時点で、お芝居でやっていこうと考えていたのでしょうか。

北村 最初は男性アイドルのコンサートがきっかけというのもあって、歌って踊ってという気持ちがあったんですが、ファイナリストで公式イベントをやった時に、15分ぐらいの寸劇をやったんです。その時に、お客さんの反応が気持ちよすぎて、自分も楽しすぎて、「お芝居をやりたい!」と思いました。

――松井さんはいかがですか。

松井 僕は20歳まで全く芸能に興味がなかったんです。きっかけは学生のイケメンを決めるオーディションを全国で開催していて、僕は19歳で大学に行かずにフリーターをやっていたんですが、学生じゃないけど友達とノリで受けたんです。もちろん学生じゃないから先には進めなかったんですが、そこで主催のワタナベエンターテインメントに声をかけていただきました。

――珍しいきっかけですね。

松井 ちょうどそのタイミングでワタナベの関西事業本部を作るということで、先輩のD-BOYSの弟分として、関西版D-BOYSを作るという動きがあったんです。それが、僕が23年まで在籍した劇団Patchなんですが、そこに誘っていただきました。だから演劇をやりたくて俳優になったというよりも、いろいろな偶然が重なったんです。

――本気でお芝居をやろうと思ったきっかけはあったのでしょうか。

松井 劇団Patchの総合演出を担当されていた末満健一さんが本当に厳しい方で。それまで僕は演劇を観たこともなければ関わったこともなかったので、正直なめていたと思うんです。でも諦めずに、ずっと指導してくださったんですよね。ところが劇団Patchの第2回公演の時に、劇団員なのに全員は出さないということがあって、僕は出演メンバーから外されたんです。その時はまだ演劇が好きでもなかったんですが、劇団にいるのに劇団公演に出られないという屈辱が、本当に悔しくて……。

――そこでくじけなかったんですか。

松井 実は「辞めます」と伝えました。そしたら、ずっと僕の肩を持ってくれていたマネージャーさんに、「ダサいな。今のままやったら、ただ逃げただけやん。どうせ辞めるんやとしても、『あいつを辞めさせなくてよかった』と思わせてから辞めてみろや!」と言われて。「ほな、やったるわ!」と奮い立ったんです。そこからは負けん気だけで毎日稽古場に入って、一人で端っこにいて全部台本を覚えたんです。そしたら本番1週間前くらいに、一人出られなくなってしまって。その時点でセリフを覚えていたのが僕しかいなくて、結果的に代役として公演に出たんです。この時、演劇に本気で向き合えたというか、悔しさが原動力になりました。

――北村さんはターニングポイントになった作品は何でしょうか。

北村 スタートが「舞台楽しい、お芝居って素敵」から入ったので、常に情熱はあったんですが、ターニングポイントになったと言える舞台は、それこそ史也さんが演出を担当された『プリンス・オブ・ストライド THE LIVE STAGE』で、八神巴という物語の中で最強の役を演じた時です。パルクールと駅伝競走を組み合わせたようなオリジナルの競技「ストライド」を描いた作品なんですが、当然僕はパルクールの経験もありません。アクロバティックな動きもある中で、パルクールのできない自分はどうやって最強たらしめるかと考えて。キャストの中で何かで一番になりたいなと思って、走ろうと決めたんです。それでオーディションに合格してから本番までに1500キロぐらい走りました。

――とんでもない距離ですね!

北村 八神巴は最強すぎるけど、それでも努力を惜しまないからトップになるという役だったんです。だから、八神巴はどういう景色を見ているんだろうと思いながら走っていたんですが、そこで気づいたのが、1位を走っている人は前に人がいないけど、スピードを緩めたら2番手の人が来る。あくまで自分との戦いなんだと。そこで孤独って悲しいものじゃなくて、戦い続けたからこそ勝ち得た勝者なんだと気づきました。

――自分を追い詰めたからこその気づきですね。

北村 僕は昔から「真面目だね」「真面目すぎるね」と言われることが多くて、それがデビューして1、2年ぐらいはコンプレックスになっていたんです。でも、八神巴という役と出会って、役作りをしていく中で、自分の真面目を突き詰めれば武器になるんじゃないかなと思って、とにかく人がやらないところまで突き詰めてみようと考えたんですよね。そこで自分の覚悟も決まったし、孤独をネガティブなものだとも思わなくなって、すごく大きなものをもらったのが八神巴という役であり、『プリンス・オブ・ストライド THE LIVE STAGE』という舞台でした。

――最後に『ヴェニスの商人 CS』の意気込みをお聞かせください。

北村 役者は身を削れば削るほど達成感を得られるというか。僕は身を削る役ほど生きているなと思えるし、すれすれだからこそ伝えられるものもあると思うんです。僕が20代前半くらいの時に、何かに迷ったり、どうしようもない悲しみを覚えたりした時に、いつもそこから立ち上がれたのは誰かの本気の姿を見た時でした。今回はそれができる役だと思っています。心血を注いでシャイロックという役と向き合って、生命の叫びのようなものがセリフとしてたくさん出てくるので、観に来てくれたお客さんに、シャイロックの生き様をお届けできたらなと思っています。

松井 今回初めてCasual Meets Shakespeareに参加させていただくので、観に来てくださる方にとっても、僕自身にとっても新しい体験になると思います。シェイクスピアに固いイメージを持たれている方も多いと思うんですが、『ヴェニスの商人 CS』を観て、カジュアルに演劇に触れていただけるような、他の演劇も観てみたいなという気持ちになっていただけたらうれしいですね。最近ふと思ったのが、AIが飛躍的に発達している中、もしかしたらドラマや映画も人間がいなくてもよくなってしまう時代が来るかもしれない。でも演劇は一生なくならないと思うんですよね。どれだけAIが発達しようが、生身の人間がやるというのが演劇の強みなので、人がやることの尊さを、固いイメージのあるシェイクスピアを通じて届けられたらなと思います。

Information

Casual Meets Shakespeare『ヴェニスの商人 CS』
2025年11月1日(土)~11月9日(日)

原作:W・シェイクスピア
脚色・演出:松崎史也

【コメディバージョン】ウチクリ内倉 鯨井康介 中村太郎 茜屋日海夏 高崎翔太 椙山さと美/栗本佳那子(Wキャスト) やじりまおん 澤田拓郎 小林賢祐 安井一真 吉岡将真 石井由多加 山本耕大 大平峻也/日替わりゲスト(本編に出演)

【シリアスバージョン】田口涼 北村健人 松井勇歩 中村裕香里 寺田友哉 西葉瑞希 三枝奈都紀 木村優良 阿瀬川健太 船木政秀 勝沼優 永石匠 山﨑竜之介 大平峻也/日替わりゲスト(アフタートークに登壇)

会場:IMA HALL(〒179-0072 東京都練馬区光が丘5-1-1 光が丘IMA中央館4F)
主催:SP/ACE=project

■鑑賞サポート付き公演を実施いたします。
対象公演
11月6日木曜日13時公演 シリアスバージョン
11月6日木曜日18時公演 コメディバージョン
11月8日土曜日13時公演 シリアスバージョン
11月8日土曜日18時公演 コメディバージョン
鑑賞サポート内容
・バリアフリー字幕タブレット貸出
・受付、ロビーでの手話通訳
以下の内容は全公演にて対応いたします。
・台本貸出(紙またはタブレット)
・車椅子席
・ほじょ犬同伴でのご来場

【鑑賞サポートの詳細、お問合せ】
https://udcast.net/workslist/cms2025/
UDCastサポートセンター(平日10時〜17時)
電話:0120-291-088 FAX:03-5937-2233 メール:info@udcast.net

舞台は中世イタリアの街ヴェニス。商人アントーニオは、親友バサーニオの結婚のため、
高利貸しシャイロックから金を借りる。かねてよりアントーニオに憎しみを募らせていたシャイロックは、無利子で金を貸す代わりに期限までに返済できなければアントーニオの心臓近くの肉1ポンドを取り立てると息を巻く。バサーニオのお目当てである貴婦人ポーシャの求婚騒動や、シャイロックの娘ジェシカと恋人ロレンゾーの駆け落ちなども起こる中、借金返済の肝であったアントーニオの商船が全て難破してしまい……。

公式サイト
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北村健人

1993年9月2日生まれ。福岡県出身。第23回『ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト』ファイナリスト。11年に俳優デビュー。以降、舞台を中心に活躍。主な出演作として、『家庭教師ヒットマンREBORN!』the STAGE(雲雀恭弥 役)、舞台『機動戦士ガンダム00 -破壊による覚醒-Re:(in)novation』(リヴァイヴ・リバイバル 役)、ミュージカル「薄桜鬼 真改」(沖田総司 役)、ミュージカル「陰陽師」(晴明 役)などがある。

松井勇歩

1991年10月30日生まれ。兵庫県出身。2012年に劇団Patch 1期生として入団、以降は多くの舞台で主演を務めるなど、中心メンバーとして活躍し、2023年8月に同劇団を卒業。舞台『刀剣乱舞』シリーズ(亀甲貞宗役)、『あんさんぶるスターズ!THE STAGE』シリーズ(高峯翠役)、『魔入りました!入間くん THE STAGE』(アスモデウス・アリス役)など、2.5次元舞台からストレートプレイ作品まで幅広く出演している。

PHOTOGRAPHER:JUN MARUOKA,INTERVIEWER:TAKAHIRO IGUCHI,HAIR&MAKE:KIYOKA SETOGUCHI,STYLIST:ANRI KURUMA