仮歌シンガー、メンタルコーチング…多彩な活躍の背景にあった共通する思いとは

――仮歌シンガーとしての生活がスタートしてから、生業となるまでにはどれほどの時間がかかったのでしょう。

加藤 2017年の夏頃に名乗るようになってから、半年ほどだったと思います。2018年1月には、初めて月収が20万円を超えました。

――現在も、生活の軸は仮歌シンガーとしてのお仕事なんですか?

加藤 基本的には、です。ただ、最近はAIによる音声技術を使った「Synthesizer V」の登場で、仮歌シンガーの仕事が減少しつつあるんです。危機感をおぼえたので、作曲にも力を注いでいます。音楽業界では「コライト」といって、複数の作曲家がチームを組み楽曲のコンペに挑むかたちもあるんです。SNSで「アーティストをプロデュースします」といったコメントをリサーチして「いかがでしょうか?」と提案しています。また、別軸の仕事では、メンタルコーチングもあります。

――多彩ですね。メンタルコーチングは、いわゆる様々な悩みに寄り添うお仕事ですね。

加藤 はい。ただ、音楽と離れているように見えて、曲づくりにも通じると思っています。きっかけは小学校時代で、少年野球チームにいた時期があり、当時のキャプテンがみずから命を絶ってしまってからずっと「何があったら、彼は今も生きていたんだろう」と考えていたんです。実際、コーチングを仕事にしようとなったのは、上京後に派遣社員として社会になじめず「消えてしまいたい」と考える経験があったからです。勉強して、心理カウンセラーの資格も取得しました。人の心理を学んでみると、とにかく一生懸命が求められる日本の社会であっても、視点を変えれば「たいしたことない」となれる余裕が生まれると分かって。曲づくりにしても、メンタルコーチングにしても「自分を認めて『いい人生じゃん』と、納得しながら生きていける人を増やしたい」と思っています。

――加藤さんの人生はどこか、節目での「逆境」を覆してきた印象もあります。

加藤 人に頼って、甘えるのが苦手なので、自分で乗り越えるしかなかったのかもしれません。中学1年生で両親が離婚したあとも、3姉妹の長女として妹たちの父親代わりにならなければと生きてきましたし、生きづらい理由ではありました。

――そして現在はご結婚されて、一児の母でもあります。

加藤 仕事と同じく「自分はこう生きなければいけない」という考えから、恋愛もだいぶこじらせてきました。主人と出会ったのは、そうした考えをやめて生き方を見直そうと考えるタイミングだったんです。自分を追い詰めてしまうクセをやわらげるかのように、私に温かく接してくれたのが惹かれた理由で。2025年の元旦に第一子が誕生したのですが、愛おしいです。

――充実されている印象ですが、この先で叶えたい目標もあるのでしょうか。

加藤 仮歌シンガーとしての仕事は、そろそろチーム制で発展させたいと考えています。音楽とは別軸で、母が介護の会社を経営していたのもあるので、福祉にも関心はあるんです。障がい者の方々を対象として、クリエイティブに特化した就労支援施設を作るのも夢です。一般的な就労支援施設では、単純作業を強いられるのみという課題もありますし、例えば、将来のなり手がいない日本の伝統工芸文化を支える施設を作り、そこに通う方々にも「日本のよさを守るために仕事をしている」と、意義を見出していただけるような場所を提供したいです。

――夢は広がるばかりですね。

加藤 常に「音楽や言葉、あらゆる方法を使って、自分の人生を愛する人を増やしたい」と思っているんです。私自身、けっして順風満帆な人生ではなかった。ただ、経験してきたからこそ分かることもありますし「こっちにおいで。大丈夫だよ!」と、色んな人たちの背中を押していきたいです。

加藤はるか

1991年6月20日生まれ、宮城県出身。仮歌シンガー、本歌・コーラスシンガー、シンガーソングライター、作詞家、作曲家。中学1年生でエレキギター、中学3年生でアコースティックギターを手にして、高校時代のバンド活動をきっかけにプロの音楽家として活動をスタート。一時は挫折を味わいながらも、上京後に仮歌シンガーとしての道を切り拓く。仮歌の担当曲数は5000曲以上に達し、現在では曲づくりにも注力。結婚相談所の経営、メンタルコーチングなど、多彩に活躍。

INTERVIEWER:SYUHEI KANEKO