親が子供に与える影響は、その環境が閉鎖的であればあるほど大きい

2つ目はセルヒオ・ブランコの『テーバスランド』(※2)。

作家のSが父親殺しをテーマにした舞台を上演させるために、マルティンという父親殺しの青年がいる刑務所に面会に行く話だ。

しかし、殺人の再現場面などは一切出てこず、会話を主体として進められる。

実際に殺人犯のマルティンが舞台に立つことができないだろうかとSは内務省に掛け合うが、認められない。

上演では、オーデションによって選ばれた、フェデリコという同い年の少年がマルティンを演じることとなった。

物語はマルティンとSの会話が行われる刑務所のバスケコート、フェデリコとSの会話が行われるリハーサルの場と交差し、展開される。

Sにだんだんと心を許すようになったマルティンは、殺人に至った経緯などを語り出す。

心を通わせながら、Sはマルティンの語ることに脚色やアレンジなどを加えて台本を書き上げてゆく。

私たちはたった一人で生まれ落ちて、それがどんな環境でも生きようとする。

誰に習わずとも、愛される安心感を得ようとするのだ。

しかし、マルティンは父親に愛情を求めなかったという。

求めたくても、父親はいつもマルティンに「お前が嫌いだ」「一度も愛したことがない」「今後、愛することもない」と言って聞かせたという。

すごく小さい頃から、殴りながら。何度も。

母親も殴られていた。母親はマルティンが殴られているのを見ても、父親を止めようとはしなかった。

エスカレートしてくると、今度は道具を使った虐待が始まった

父親は、本の間にマルティンの手を挟み、圧縮機のように、上から潰すように力をかけ、血が出るまで抑えた。そのせいで、マルティンは図書館が怖くて行けなかった。

そのうち、母親は子宮頸がんで亡くなり、それすら父親はマルティンのせいだと罵った。

家を出るために働きたくても、マルティンには教養がなく、どこに言っても使い物にならない。

「役立たずだから。父さんの言うとおり。結局間違ってなかったんだ。どこ行ってもお払い箱。でついに、体を売った。そしたら、うまく行ってさ。恥ずかしいし、不運でも、こなせたんだ。」

私はこのマルティンの台詞を読んだ後に、胸が苦しくて、一度本を閉じてしまった。

否定を繰り返されて育ったマルティンは結局、憎い父親の言うことを信じて体現するように、殺人者になってしまったのだ。これは洗脳だ。

しかも、身体を売った相手は、父親の同僚だった。彼もまた、マルティンが殴られるのを楽しんで観覧しにくるようなクズだった。

マルティンが身体を売ったことを知った父親は、なお一層マルティンを、侮辱した。

すれ違うたびに「売女」と罵った。

無視を続けるも、マルティンには我慢の限界だった。

そしてある日曜日、マルティンは、フォークで、父親を刺した。22回。

刺す間も父親は罵倒をやめなかった。「自分の父親を殺しているんだぞ」それが父親の最期の言葉だった。

マルティンが、フォークを使って父親を殺したことは、自然なことだと思える。

父親が道具を使って自分を傷つけたように、自分も傷つける。

これは復讐とかそんなことじゃなくて、傷つけられることでしか関われなかった父親との残酷なコミュニケーションという捉え方もできるのではないか。

『ラジオナメンティ』の作者アレティーノも教育を受けていなかったが、母親の金を盗み、閉鎖的な孤児院から逃げ出し、自由に生き延びた。

アレンティーノの母親は、遊女で、恋愛体質で、自由奔放で、アレティーノを孤児院に預けたものの、抑圧をしたり、ストレスのはけ口にはしなかったのだろう。

アレンティーノが母親を心から憎んではいなかったと思われる答えが、『ラジオナメンティ』の結末にはある。

対してマルティンの父親は、自分の価値や権威を、家族を傷つけ、服従させ、それを見せびらかすことでしか見出せなかった。彼もまた非常に閉鎖的だ。

つまり、親が子供に与える影響は、その環境が閉鎖的であればあるほど大きいのだ。

否定的な言葉で子供を抑圧するとき、その跳ねっ返りは必ず大きな歪みとして生まれる。

戯曲を読んでいると、多くの、多種多様な家族の形に出会うのだ。

それを見て、酷いと思うか、羨ましいと思うか、それは本当に人それぞれ違うと思う。

しかし、日曜日の夜ごはんの時間に流れるアニメのような家族は本当に存在するのだろうか。

子供の頃、何度も言われた「うちはうち!外は外!」を、今こそ私は確かめたくなっている。

(参考文献)

(※1)『ラジオナメンティー女のおしゃべりー』
ピエトロ・アレティーノ/結城豊太 訳
角川文庫

(※2)『テーバスランド』
セルヒオ・ブランコ 作/仮屋浩子 訳
発行所 株式会社北隆館
発行者 福田久子

中屋柚香

1998 年2 月24 日生まれ、東京都出身。多摩美術大学演劇舞踊デザイン学科(演劇舞踊コース)にて、野田秀樹の下で演劇を学ぶ。2019 年にNetflix オリジナル映画『愛なき森で叫べ』で俳優デビュー。『プリズナーズ・オブ・ゴーストランド』ではハリウッドデビューを果たし、2022年には初舞台、倉持裕 作・演出の音楽劇『歌妖曲〜中川大志之丞変化〜 』に出演。主な出演作に「彼の全てが知りたかった。」(22・smash.)、「ロマンス暴風域」(MBS系)「リバーサルオーケストラ」(NTV)など。

PHOTOGRAPHER:HIROKAZU NISHIMURA,INTERVIEWER:TAKAHIRO IGUCHI,STYLIST:YUUKA YOSHIKAWA
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