演出家が稽古場で絶対的な存在になれないようにしたい
中屋 『点滅する女』でダブル主演を務める森田想さん、岡本夏美さんのお二人をキャスティングした理由を教えていただけますか。
山西 お会いしたときに二人とも大変に肝が太いというか、いい意味で気が強くて芯があったんですよね。素敵な役者さんって、優しそうな人でも、みんな気が強いと思っていて。だって、人に決められた訳の分からん言葉を言わされて、自分でも一生懸命考えてやってくれているのに、「ちょっと違うと思います」とか言われて、すごく大変なお仕事だと思います。
中屋 (笑)。
山西 精神的にある意味タフというか、自分の中に軸があって、何を言われても「そうですかぁ」みたいな気持ちで聞ける人じゃないと大変なんじゃないかなと思っていて。そういう意味で、ダブル主演のお二人は若いんですけど、ドーン!と強いお二人。そういう人柄の面白さみたいなものが一つ。もう一つは純粋に技術ですね。お芝居を見させていただいたときに、お二人ともテンポや間がすごく巧みでした。さらに付け加えると、僕の書いているお芝居のセリフには合う合わないが結構あって。そういう意味での肌感みたいなのが合うというか、やってくれそうやな、上手いこといきそうやなという感覚的な部分。その三つですかね。二人ともワークショップの時点で素晴らしかったですから。
中屋 気の強さが必要というのは分かります。役者って言われたことをやるお仕事だと思うので、ミスしたらトライ、ミスしたらトライの繰り返し。できるだけ言われたことを、すぐに表現できるように見せる技術を高めるというのが、演者側がやることなのかなと思っています。事前に準備したものと違っていても、絶対に演出をされている方が一番、役者のことを見ているので、そこに合わせて、さらに自分でも楽しくできるところを探すということなのかなと。楽しいところを探してやってみたら、やり過ぎって言われることもありますが(笑)。その塩梅を考えていくのも楽しいんですよね。
山西 楽しんでもらうためにも演出家が絶対的にならないように、⾃分⾃⾝もできる限り全⼒で配慮して意⾒をお伝えするようにしつつ、そもそもそういう状況にならないような座組作りをしたいというのが最近は特に強いです。できてないのに意見ばかり言う人はどうかとは思うんですけど、ちゃんとやってくれた上で、「でもこうしたい」「やりづらい」を言ってくれて、僕が稽古場で絶対的な存在になれないような役者さんたちとご一緒したいなと。演出家は絶対じゃないです。反抗しまくっていいと思ってます。可能な限りイーブンなディスカッションの上で芝居を作り上げていけるほうがいいと思うので。
中屋 その視点も、山西さん自身、これまでプレイヤー(俳優)としてもやってらっしゃって、舞台に立ってらっしゃったからこそ、分かってらっしゃるという気がします。
山西 そうかもしれないです。
中屋 だから役者もすごくやりやすい感じなんじゃないかって、今お話を聞いて想像しました。
山西 それはそこまで⾃信がある訳ではないのですが……僕自身が「なんでそんなこと言われなあかんねん」とか、演出家にしっかりむかつくタイプの俳優だったので、向いてないなと思って、こっち(演出家)にだんだん移行したんですよね。そのときの意識は今の⾃分の演出の仕⽅に関係があると思います。
中屋 直接、意見は言うほうだったんですか?
山西 いや、僕は我慢をしちゃうほうで、「はい!はい!」って黙って聞いてしまっていて。ワークショップとか行っても、「山西いいけど、もうちょっと何か足りない」とか言われると、「それって何も言ってなくない?」って心の中で思ってしまって。だけど⾔えなくて、みたいな。だから向いてないなと思ったんですけど。話は変わりますが、そのときの意識があるからか、僕は分かりやすく言ってくれる演出家さんが圧倒的に好きで。具体的に演出しようとか、ちゃんと⾔語にしようとか、俳優さんも別に口答えして良いよねとか思うのは、僕が駄目な俳優だったからというのが根っこにあると思います。
中屋 私もそういうふうに具体的に言っていただけるほうがありがたいです。たとえば「もうちょっと柔らかく演じて」と言われると、幾つもの柔らかさが浮かんできて、「これですか?それともこれですか?」っていう作業になっちゃうんですよね。
山西 「柔らかいってどういうことですか?」って共通言語のすり合わせから始まっちゃうんですよね。
中屋 テーマやメッセージを明確にするために意識していることはありますか?
山西 どうなんだろう。もちろん言葉にも込めてはいるんですけど、それ以外の要素に込めていることのほうが多いかもしれない。自分の作る舞台で言うと、よく「ライティングが変わってる」って言われるんですよ。たとえば細い光一本だけで長いシーンをやるとか、そういう陰影みたいなものは映画を作るときでも特徴的に出ます。そういう舞台上の絵面、絵作りみたいな意識は、演劇、特に会話劇をやっている人の中では強いと思いますね。女性二人がシルエットだけになって、後ろにホタルが舞っていてみたいな情景を作ることで何か意味合いを持たせられるというか、そういう絵面に込めるみたいなところもあります。あとは言葉よりも身体表現によるところが、演劇と映画の大きな違いだと思うんです。舞台は、その人が本当にそこにいる訳じゃないですか。その身体情報ってすごいんですよ。走ったりすると、その人が本当に疲れる。疲れてセリフを言ってるのを生で見るみたいな。そういう身体から発せられる情報みたいなものを、物語の構造にちゃんと盛り込むことは意識しています。
中屋 身体表現は難しいですね。去年、初舞台を経験したんですけど、舞台が大きくなると、奥の人まで見えるように演じなきゃいけない。でも、感情は本物じゃなきゃいけないから、そこに合わせるのが難しかったです。
山西 まさに今回、森田さんは初舞台です。おそらく中屋さんが初舞台で経験したように、「大きい声を出してるけど、大きい声の気持ちじゃない」みたいなことが、稽古中の今は⼤変だと思います。
中屋 そうなんです!
山西 気持ちに合わせて声が小さくなるのは当たり前なんですけど、舞台だと聞こえないですからね(笑)。
中屋 目の前にいる人にしゃべってるのに、周りにも聞こえる大声って最初は違和感がありました。
山西 そこが演劇の難しさですよね。結局、ある程度戯画的にしないと、観客に届かないというのが映像よりも露骨です。だからリアルっぽいだけで、実際にはリアルじゃない。僕の芝居は、役者さんがナチュラルで普通にしゃべっているみたいって言ってもらえることが多いんですけど、やってる役者さんたちからすると、普段より早くしゃべっているし、大きい声を出してると思います。
中屋 そこは技術ですよね。舞台経験がある人のみをキャスティングしようとは考えないんですか?
山西 僕は毎回、映像の人と舞台の人、両方が混ざってるほうが好きなんですよ。純粋にいろんな人がいたほうが楽しいというか。根本的にはすごく作品のクオリティコントロールをしたいタイプですし、それこそ『彼女来来』を見ていただいて、何となく中屋さんに伝わった「細かそう」という部分にも出ていると思うんです。かと言って、演出の要求をただちゃんと遵守できる人たちだけが集まると、本当に僕がコントロールしているだけの空間になってしまう。僕が提示したいのは人間なので、そこからある程度はみ出たほうがいいんじゃないかと思っていて。そうすると舞台・映像どちらも混ざっている人たちが集まったほうが面白くなるのかなと。特に意識している訳ではないんですが、自然とそうなってる気がしますね。
Information
ピンク・リバティ新作公演「点滅する女」
日程:2023年06月14日 (水) ~06月25日 (日)
会場:シアターイースト
作・演出:山西竜矢
出演:森田想 岡本夏美
水石亜飛夢 日比美思 斎藤友香莉 稲川悟史 若林元太 富川一人
大石将弘 金子清文 千葉雅子
初夏。緑眩しい、山あいの田舎町。父、母、兄と共に実家の工務店で働く田村鈴子は、家族の間にある静かな歪みに悩んでいた。表面的には仲の良い田村家だったが、5年前、家族の中心だった長女・千鶴が亡くなってから、その関係はどこかおかしくなっていた。そんなある昼下がり。一人の見知らぬ女が、田村家を訪れる。「千鶴さんの霊に、取り憑かれてまして」。女の奇妙な言葉をきっかけに、ぎりぎりで保たれていた彼らの関係は、大きく揺り動かされ……。一年半ぶりのピンク・リバティ新作公演は、喪失に苦しむある家族に訪れた幻想的な夏の一幕を、ブラック・ユーモアを交えて軽妙に描き出す、さみしくも美しい家族劇。
山西竜矢
1989年12月26日生まれ。香川県出身。同志社大学法学部卒。俳優としてキャリアを重ねる傍ら、脚本・演出について独学で学び、2016年に演劇ユニット「ピンク・リバティ」を旗揚げ。近年は映像作品も手掛け、2021年には初の長編映画『彼女来来』で若手映画監督の登竜門「MOOSIC LAB」にて準グランプリ含む三冠を達成したほか、北米最大の日本映画祭「JAPAN CUTS」で新人部門最高賞の「大林賞」を受賞するなど、高い評価を得る。その後も長久允監督・森田剛氏主演の短編映画『DEATH DAYS』のメイキングドキュメンタリー『生まれゆく日々』の監督・構成、ドラマ『今夜すきやきだよ』の脚本を担当するなど、ジャンルの垣根を越え精力的に活動している。
PHOTOGRAPHER:HIROKAZU NISHIMURA,INTERVIEWER:TAKAHIRO IGUCHI