AKBに憧れて飛び込んだアイドルの世界。そして3B junior、マジェスティックセブンでの活動で感じた”差”

ーーロングインタビューのvol.2は市川優月さんです。まずは芸能界に入る前の期間について伺います。幼少期はどんな子どもでしたか?

市川 キラキラしたものが大好きで、たくさん喋る元気で活発な子どもでした。小さい頃からダンスは習っていましたが、歌やダンスが特別好きだったわけではなかったです。

ーー人前に立ったり、話題の中心になるタイプでした?

市川 発表会とかはすごく苦手でしたが、行事などでは中心になって楽しんでいました。

ーー芸能に興味を持ったきっかけや好きなアイドル、アーティストはいましたか?

市川 幼稚園の頃から将来の夢はアイドルでした。きっかけはAKB48さんの映像を見た時です。パフォーマンスのすごさはもちろんですが、ファンの方の熱量が印象的で、こんなにも人を楽しませることができるアイドルというお仕事に憧れを持つようになりました。

ーー楽しんでいるファンの方を見て、アイドルになりたいと思ったのでしょうか?

市川 そうですね。ファンの皆さんが笑顔でアイドルを見つめていて。こんなに笑顔になってもらえることに、小さいながらにとても印象的で、今でも覚えています。

ーー芸能界に入ってすぐにアイドルになったのでしょうか?

市川 最初は子役として活動していましたが、やはりアイドルになりたいという思いが強くなって。知り合いの方からスターダストプロモーションのオーディションを紹介してもらったことがきっかけで応募させていただきました。

ーーオーディション合格後、お客さんの前に立つまではどんな日々でしたか?

市川 週2回くらい、ダンスと歌のレッスンがありましたが、とにかくレッスンが苦手でした。私はメンバーの中ではかなり年下の方だったこともあって、なかなか先生に質問することもできなくて。わからないこともそのまま終わらせてしまうこともありました。本当に何もできなかったので、怒られることも多くて、レッスンの前日になると、憂鬱になっていた記憶があります。

ーーでもいざレッスンに行くと楽しかったとか?

市川 レッスンは辛くてナイーブになってしまうことが多かったです(笑)。でもメンバーはみんな優しくて、年下の私にも上下関係とかを一切なしにしようって言ってくれたり、みんなで仲良くしようという空気を作ってくれたので、休憩時間は楽しかったです(笑)。

ーーレッスンを重ねながら、2014年3月の「ももクロ春の一大事2014 国立競技場大会 〜NEVER ENDING ADVENTURE 夢の向こうへ〜」で人前に立つことになりますが、覚えていることありますか?

市川 旗を持って踊るシーンがあったのですが、立ち位置が背の順でした。背が低い方からももクロさんに近い立ち位置で、ももクロさんの近くにいると、カメラに映る機会も多かったのですが、私は笑顔で旗を振ることが難しくて。

ーーそれは緊張から?

市川 表情管理が苦手だったので、どうしても引きつってしまって。緊張がすごかったというのもありましたが、国立だけじゃなく、活動を始めてしばらくはうまく笑顔がつくれなかったです。当時から器用にできるほうではなかったです。

ーー国立の景色は覚えていますか?

市川 はっきりと覚えています。国立を埋め尽くすカラフルな景色はとても印象的でした。あと、私のことを見てくれる人はいないだろうなと思っていたのですが、ももクロさんのファンの皆さんは、私たちを見てくれるんですよ。本当に優しい方ばかりで、温かい雰囲気を感じました。

ーー自分たちのパフォーマンスという意味では、2014年11月に国際フォーラムホールAで開催された「ももいろクローバーZ 女祭り2014 ~Ristorante da MCZ~」のライブ・ビューイング「女祭り2014 メンズ限定非公式のぞき見大会『サンクチュアリ』」が初になりますが、こちらはいかがでした?

市川 選抜に入っていたわけではないので、26人の中の一人として、一生懸命踊ったという記憶です。国立のときより自分たちが見られている感覚が強くて、目線が怖かったっていうのは覚えています。

ーー2015年になると3B juniorの活動が本格化します。定例公演、ワンマン、ツアーなども始まりましたが、いかがでしたか?

市川 活動当初からいろんなことに挑戦させていただいたので、2015年はたくさんの思い出があります。中でも一番印象的だったのは、第二回の定例公演で、初めて自分のファンと言ってくださる方と話したことです。その方のことも、その時の特典会も鮮明に覚えています。私を見て笑顔になってくれる方ができたらと思ってアイドルを始めたからこそ、ファンだと言ってくださる方が増えていくことが嬉しかったです。

ーー初ツアーとなった「3B junior ファーストツアー 東京湾」では、ファンとの交流も多かったと思います。

市川 ライブよりも特典会の方が好きなくらいたくさんの方と交流できました。3B juniorの特典会はいろんな企画があって、推しと喋れるわけでもなかったのも良かったのかな(笑)。

ーー工夫を凝らした企画が多かったですね。

市川 面白い企画がたくさんあって。自分のファンの方とたくさん喋ったというより、いろんな人とコミュニケーションが取れたことが楽しかったです。

ーー12月にステラボールで開催されたワンマンライブ「季節はずれのX’mas PARTY『のんびりサンタさんがやってきた』」はいかがでした?

市川 かなり慌ただしかったですが、ワンマンに向けてみんなですごく作り上げていったライブでした。年上のメンバーにたくさん手伝ってもらいながら、すごく充実した期間を過ごしました。ライブ本番では、「冷凍みかん」でオリジナル衣装を着せていただいたのですが、人生初の早替えをしたり、アイドルなんだって実感したことも覚えています。


PHOTO:笹森健一

ーー2016年はいかがでしょうか?1月に「俺の藤井2016 in さいたまスーパーアリーナ~Tynamite!!~」から始まり、定例公演を重ねながら、「3B junior セカンドツアー 関東平野」の開催、「3B junior ファースト・アルバム 2016」のリリース、そして12月にはロッカジャポニカが無期限武者修行入りとなった年です。

市川 当時は本当に幼かったので、ロッカジャポニカがいなくなることについて、あまりよくわかっていなかったですね。悔しいと思うこともなくて、会えなくなるのが寂しいという感覚でした。子どもすぎて、それがどういうことかわかっていなかったのだと思います。

ーーロッカジャポニカへのライバル心はあまりなかったですか?

市川 当時はなかったかなと思います。ユニットとしては、マジェスティックセブンに所属していましたが、自分たちが選ばれないことやライブの機会が少ないことが続く中で、徐々に悔しさが芽生えてきました。悔しい思いをすることで、みんなと楽しくやりたいという気持ちから、成長していきたいと思うようになったし、グループの大切さも感じるようになりました。

ーー同じ3B juniorでもユニットによって色が出てきたり、差を感じる機会があって、成長してきたんですね。

市川 そうですね。特にライブの機会が少なかったのが悔しかったです。3B juniorのイベントはすごく多かったし、恵まれた環境でしたが、マジェスティックセブンのことを思い出すと悔しい記憶が蘇ります。