s**t kingzは最初から実験精神のあるメンバーばかりだった
――海外に行った時点で、ダンスを職業にしていく気持ちはあったんですか。
NOPPO 半分半分でした。漠然とダンスは25歳ぐらいでやめるのかなと思っていたので、そこまで将来の目標も立てていなくて。当時はダンス専業でやっている人も少なかったですしね。
――意識が変化したのは、どういうきっかけがあったのでしょうか。
NOPPO s**t kingzのメンバーと会ってからですね。それまでもチームはいろいろ組んでいたんですけど、大会のためにやっているところばかりで、視野が狭かったんです。s**t kingzはアメリカ的な考え方というか、寸劇を入れたり、昔のミュージカルの要素を入れたり、こういうのを取り入れてみようという実験精神のあるメンバーばかりで。特にOguriが、そういうことに貪欲だったんですけど、いろいろなことに挑戦できたのでワクワクして楽しかったんです。大会が目的だと、それで終わりですけど、s**t kingzの場合は一つ何かが終わっても、どんどんやりたいことが増えていくし、そういう話し合いができること自体が初めての経験でした。漠然とですけど、このグループでやってくんだろうなという気持ちがありましたね。
――最初からs**t kingzはダンスに対する姿勢も他のチームとは違っていたんですか。
NOPPO 他のチームにいた頃は、綺麗に合わせなきゃいけない、新しい楽曲を早くゲットして、最先端の流行りの踊りをやらなきゃいけないというマインドでした。でもs**t kingzの場合、流行りに目配せしつつも、昔からあるものや過去にすごいと思ったものも大切にして、時代に関係なく良いものを掛け合わせて、面白いことをやってみようというチームだったので、やりやすかったですね。
――NOPPOさんの海外経験は、結成当時から海外を視野に入れていたs**t kingzの活動にも役立ったのではないでしょうか。
NOPPO そうですね。s**t kingz自体が海外のダンサーに憧れて作ったチームなので、そこら辺のマインドは海外で受けた影響が大きいです。s**t kingz結成後も、海外で学びたいと思ったダンサーが何人かいたので、その人たちに直接会いに行って、運よく一緒にショーに出演させてもらったり、その後も親交が続くぐらい仲良くなって。その人たちの影響も大きいですね。
――すぐに海外のダンサーは、s**t kingzの皆さんを受け入れてくれたんですか?
NOPPO はい。彼らは、めちゃくちゃフレンドリーだし、みんなダンスに対して真面目なんですよね。あと印象的だったのが、それまではダンスって感覚で覚えるのが普通だったんですけど、彼らは紙に書いて、「こういうことをやりたいんだ」というのを残しておくんです。作品性を大切にしているんですよね。今でこそダンサーもかっこいいPVを撮影していますけど、当時はダンスをそのまま撮るのが普通でした。でも、海外のダンサーで、面白いダンス映像を撮るというのをいち早く始めた人がいて、時代に先駆けて新しいことをやっていた人たちの近くにいられたのも財産です。