多摩美で自分の「からっぽさ」に向き合うことになった

多摩美術大学を受験した。

実技と筆記が受験科目だったが、憧れるばかりで実践を疎かにしていた私は、何が何だかわからないまま、とにかく「やる気」だけで実技試験を受けた。

内容は確か、受験生が10人ほどのグループになって行うエチュードで、「隣の街で爆発が起こりました。それを隣街の人々に身振り手振りだけで伝えに行ってください」というものだったと思う。

そして、試験官が手を叩くとスローモーションに変わり、表現を続けるのだ。

そこで私は初めて人前で芝居をすることになったのだが、それは私にとって堪らなく楽しい体験だった。

あんなにやってみたかった芝居の場がここでは用意されていて、笑われもせず、馬鹿にもされず、打ち込む事ができる。

どこか芝居に対して引け目を感じていた私にとってそれは「解放」のようなものを表していた。

「毎日こんな事ができたらどれほど素晴らしいだろう」という高揚感を抱えたまま私は受験会場を後にした。

それから少し時間が経ち、私は無事多摩美術大学に合格した。

あの時の幸運は今でも忘れられない。有難い事だ。

多摩美術大学入学後、私は自分の「からっぽさ」に再び向き合うことになり、歓喜の中にも確かな苦さを感じていた。

自分の手元にあるはずだと思っていた煌めく「何者かになれる」という切符は入学とともにどこかに無くしてしまい、そこにあったのは何も持たない私の身体一つだけだったのである。

その時の絶望と不安は、新しい出会いの高揚でかき消そうと思っても染み付いてなかなかとれなかった。

むしろ、擦るたびに広がる汚れのように、自分自身への失望は色を濃くしていき、何かをしたいのに何もできなくて、溺れるようにもがくだけの毎日は、批評と憧れと焦げた高すぎるプライドに流されるように過ぎていった。

そんな刺々しい日々の中でも、私が唯一愛し憩いの場としていたのは図書館だった。

大して大きくもない静かなあの場所が好きで、昼食さえも、そこの裏でひっそり、ご飯を狙ってくる虫と戦いながら食べていた。

あの建物だけが、心の平和を約束されていた気がする。

そこでは比較も失望もあっさりと消え、ただただ憧れの世界が広がっていた。

近所のレンタルショップじゃ手に入らない映画、演劇のDVDや台本、絵本に画集などが見切れないほど在り、そのどれもが私の好奇心をくすぐった。

それはまるで宝の山のようで、「もっと遠くに行けるんだよ」と誘われているように思えた。

所蔵作品の膨大さは、私も何かを創造できるかもしれないという錯覚を与え、四方八方殴られてボコボコになったやる気を何度も奮い立たせてくれたのだ。

こうして私は、授業の合間も度々視聴覚室に赴き、ヘッドホンをつけながら声を押し殺して、舞台映像やラーメンズのコントDVDを見て過ごした。

そこでこっそり泣いたり笑ったりするのは自分だけの世界に浸れる貴重な時間であり、もはや、娯楽はここで完結できるような気すらしていた。

分厚いファイルの中から気まぐれに選んだ作品を何本か見終わった後は、自分自身にその作品がもつ力が与えられた気がして安心するのだ。

そうやって手元の寂しさを誤魔化しながら、さらに渇望を深めていく事は、私にとって必要不可欠だった。

何かぐつぐつと心で煮えるような渇望に襲われた時は、内向的に処理するか外交的に処理するかの選択肢が与えられる。

自分の内側にグッと引きこもってしまえば、痛みや視線に鈍感になることができる。まるでベールに包まれたように、自分の世界で全てを霞みがかったまま苦しみを享受できるのだ。

きっとそれは、私が中高と続けていたことで、それでも満たし難い若さと衝動が私を外に向かわせてくれたのだろう。

結果的にそれは私を大きな世界に誘ってくれた。

しかし外交的にこの渇望を処理しようとすると、そこには必ず他人の自己への介入がつきまとう。

「誰か私を」そんな理解者探しに明け暮れて仕舞えば、街で顔も見てもらえないのにポケットティッシュをくばりつづけるような気持ちに陥ってしまう。

自己衝動と向き合うことは恐ろしく孤独がつきまとうものだと確信する。

25年間生きてみたが、わたしの中に存在する渇きのようなものは、未だに疼きを止めようとしない。

この渇望は私が死ぬその時までそばにいてくれるのだろうか。

愛着が湧き出したこの厄介な性質を抱えて、私は未だどこか遠くの世界に行きたがっている。

中屋柚香

1998 年2 月24 日生まれ、東京都出身。多摩美術大学演劇舞踊デザイン学科(演劇舞踊コース)にて、野田秀樹の下で演劇を学ぶ。2019 年にNetflix オリジナル映画『愛なき森で叫べ』で俳優デビュー。『プリズナーズ・オブ・ゴーストランド』ではハリウッドデビューを果たし、2022年には初舞台、倉持裕 作・演出の音楽劇『歌妖曲〜中川大志之丞変化〜 』に出演。主な出演作に「彼の全てが知りたかった。」(22・smash.)、「ロマンス暴風域」(MBS系)「リバーサルオーケストラ」(NTV) 「ガチ恋粘着獣」(ABC)など。

EDITOR:,PHOTOGRAPHER:TOSHIMASA TAKEDA,INTERVIEWER:TAKAHIRO IGUCHI,HAIR&MAKE:,STYLIST:YUUKA YOSHIKAWA
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