トム・ホーバスと選手それぞれの信頼関係が強固だった

――オープニングで、これまでの日本代表を振り返っていますが、「FIBA2023」が始まるまで、ポジティブな要素は少なかったですよね。

大西 「FIBA2023」までは、良い結果を残せていなかったですからね。でも皆さん、トムさんへの信頼感が半端なくて。トムさんが選手たちを信じ続けたからこそ、彼らも疑いなく自分たちを信じ続けられた。相互の信頼関係が強固なんだというのはインタビューをしていて感じました。

――トムさんをインタビューしたときの印象はいかがでしたか。

大西 トムさんの会見を見ると結構プリプリされているじゃないですか。質問する人に対して、「そういう質問はあまり好きじゃないです」とハッキリ言う。だから僕も構えていたんですが、「BELIEVE」というタイトルをすごく喜んでくれて、和やかに答えてくれました。

――トムさんのどこに選手は惹きつけられていると思いましたか。

大西 コーチの佐々宜央さんが仰っていたんですが、普通はもっとチームミーティングに時間をかけるそうなんです。ところがAKATSUKI JAPANはチームミーティングが短くて、「こんなんでいいの?」と思うときもあったらしいんですよね。その分、トムさんは一人ひとりの選手にフェイス・トゥ・フェイスで話しかけるんです。そこには日常会話も含まれているかもしれませんが、その中で「あなたに与えられている役割はこうだ」とゲームのことも吹き込んでいくんだと思います。チームミーティングで言うと薄れちゃうことも、本人に直接言うことで刺さるんでしょうね。

――会社組織にも通じる人心掌握術というか。

大西 本当そうですよね。トムさんは今までのやり方を否定する訳じゃないけど、どうやったら世界と戦えるのかを考えて、富樫さんと河村勇輝さんと小柄な二人をポイントガードに置くという新しいチャレンジをした訳じゃないですか。失敗したら批判されるに決まっている。でも、それを恐れずにやったところがすごいですし、スリーポイントのほうが効率は良いということを分析的に考えていた。以前は河村さんにしてもそうですが、スリーポイントを打てる選手ばかりじゃなかったんですよね。それをトムさんが合宿期間中から、みんなに打てるように仕向けているんです。そこはトムさんのコーチングがすごいんだろうなと傍から見ていて思いました。

――取材期間はどのぐらいだったんですか。

大西 今年の2月末に選手インタビューが始まって、最後がアメリカにいた渡邊さんのインタビューで3月末だったので約1ヶ月です。それで4月の中旬までに完成させなきゃいけなかったのでタイトでした。もちろん取材を進めながら、取材の終わった選手のインタビューを繋ぎ始めていたんですが、インタビューするたびに広報の方に「今日のインタビューで初めて聞く話はありましたか?」と確認して。やっぱり今まで見たことのないものを見せたいじゃないですか。だから新しい話が出てくるたびに、ストーリー自体を変えたところもあります。毎日違う形に試行錯誤していくので、途中で間に合うのか不安になることもありました(笑)。

――仕上げで意識したことは?

大西 臨場感をどう出すか。あとナレーションを削ったので、ここからどういう試合展開になるかは音楽でリードしようと思いました。「ここから巻き返しますよ」「ここからヤバいプレーになりますよ」と分かりやすくするために、あえて音楽を先行して入れるようにして。そういう音楽主導の繋ぎをしたいと考えたときに、会場でかかっていた10-FEETさんの「第ゼロ感」を使える方向でお話を交渉してもらっていたんですが、そればかりになっても、『THE FIRST SLAM DUNK』の後追い感が出ちゃう。だから、オリジナルの曲が欲しいなと思ったんです。だったらバスケと言えば、アメリカのストリートカルチャーの流れを汲んでいるから、ヒップホップで差別化したいなと。誰かいい人がいないかなと考えたていたときに、編集をやってくれた西山元樹さんが親交のあるRude-αさんを提案してくださったんです。実は僕もコロナ禍の前に、行きつけの飲み屋でRude-αさんとお会いして挨拶したことがあったので、ぜひお願いしたいと。それが今年3月のことです。

――曲の依頼もギリギリの進行だったんですね。

大西 こんな短いスパンでやってくれるのかなと思ったんですが、Rude-αさんにお会いしたとき、映画のテーマや切り口、AKATSUKI JAPANのイメージなどをお伝えしたら、まずサビだけ歌詞が入ったデモが届いたんです。その時点で、すごくかっこよくて、ちゃんと12人の思いも汲んでくれている歌詞だったので感動して。これだけ良い歌ができたんだから、どう編集したらかっこよくなるかを考えました。Rude-αさんの曲が、作品の質を上げてくれたと感じていて、しかも短いスパンで作ってくれて感謝しかないです。

――完成した作品はタイトなスケジュールとは思えない完成度の高さでした。

大西 ありがとうございます。テレビも短いスパンでやりますけど、今回はハード過ぎました(笑)。あとバスケ素人の僕が、バスケ通の方々でも満足できるようなレベルに持っていけるかというプレッシャーもありました。

――普段制作しているテレビとは違う、映画だからこそ意識した演出はありますか。

大西 テレビは初めて見る方、老若男女など、広い視聴者に分かりやすく作ることを求められることが多いので、ナレーションもたっぷり書きます。これからこんなシーンが始まりますよという振りがあって、コメントがあって、それを引き取って、こういうことでしたねという受けを作ってと、丁寧に作ります。そういうことを今回の映画は端折っていいと思ったんです。パリ五輪に出場できたという結末は分かっている訳だから、知っている方には蛇足ですしね。その分、選手の思いをふんだんに入れ込んで。それをどう受け取るかはバスケファンそれぞれだと思うので、あえて作り手側から、「ここはこういうふうに見てほしい」とは言わない。逆に言うと間がないんですよね。僕は普段ドキュメンタリーを作るとき、咀嚼する間を意識して作るんですけど、今回は端折って。次々と展開していくことで90分をテンポ良く見せられた自負がありますし、そこは満足してもらえるはずです。

Information

ドキュメンタリー映画
『BELIEVE 日本バスケを諦めなかった男たち』
2024年6月7日(金)より4週間限定公開

監督:大西雄一
ナレーター:広瀬すず
挿入歌:10-FEET
テーマ曲:Rude-α

公認・監修・制作協力:公益財団法人日本バスケットボール協会
企画・製作:電通 東映ビデオ
配給・宣伝:東映 東映ビデオ
制作プロダクション:ネツゲン
©2024「BELIEVE」製作委員会 ©FIBA ©日本バスケットボール協会

公式サイト
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大西雄一

ディレクター/映画監督/One Mile代表取締役。主なスポーツ系の演出番組に、コロナ禍で異例の短縮シーズンとなったMLBの1年をまとめた「ぜんぶ見せます!激闘2020MLB」(2020年・NHK)、世界中のあらゆる道を舞台に自動車レース最高峰の戦いをえがくシリーズ「WRC 世界ラリー選手権」(2021年〜・NHK)。社会派ドキュメント系の演出番組に、詰め込み教育の反動から変わりゆく中国教育のリアルを描いた「中国の小学校でいま何が?」(2018年・NHK)、新型コロナの影響で世界はどう変わるのか、世界の知性が予測するシリーズ「コロナ危機 未来の選択/エマニュエル・トッド〜 グローバリゼーションを超えて」(2020年・NHK)、イスラム過激派による自爆テロが頻発するアフリカ・ソマリアで、元テロリストを社会復帰させる活動を行う若者の姿を追った「ザ・ヒューマン テロリストも一人の若者である〜国際NGO代表 永井陽右〜」(2022年・NHK)、OSINTと呼ばれる最新のデジタル調査で世界の真相に迫るシリーズ「デジタル・アイ 北朝鮮 独裁国家の隠された“リアル”」(2023年・NHK)など。劇場版映画の監督は『BELIEVE 日本バスケを諦めなかった男たち』が初。

PHOTOGRAPHER:TOSHIMASA TAKEDA,INTERVIEWER:TAKAHIRO IGUCHI