大学は芸能関係以外の人たちとも共感し合える唯一のツール
――ニコラモデルを卒業して寂しさはなかったですか?
川床 金曜日の夜に東京に行って、土日で撮影して帰るのが日常だったので寂しかったです。読者の方々から、たくさんファンレターをいただいて、それを読むのも楽しみでした。元気のない日はファンレターを見て頑張っていましたし、返信を書くことも多かったです。
――憧れのニコラモデルから返信があるなんて、めちゃめちゃうれしいですよね。
川床 いまだに、「あのとき返信があってうれしかったです」と言っていただくこともありますし、ニコラモデルを卒業してから友達になった子に「名前が似ているなと思っていたけど、やっぱりニコラモデルだったんだ」と驚かれることも多いです。
――いつぐらいからお芝居に力を入れていこうと思ったんですか。
川床 中学3年生のときに、育成部門から違う部署に移るタイミングで、本格的にお芝居をやってみようと思いました。
――モデルという選択肢はなかったんですか。
川床 お洋服は好きだったんですが、自分のスタイルがモデル向きではないなと思っていたので、そこは割り切っていました。
――部署が変わって、どんな変化がありましたか。
川床 育成のときは、マネージャーさん数人に対して何十人もいたので、部署が変わって、これからのビジョンをどうしていくかなど、より密に話し合うことが多くなりました。
――高校時代、学業とお仕事の両立は大変じゃなかったですか?
川床 その頃は大丈夫でした。むしろニコラモデルをやっていたときのほうが毎週土日に撮影が入っていたので本当に忙しくて、学校を早退することもあったんです。高校生になって、普通に学校に通えるようになってうれしかったです。
――高校卒業後に大学進学で上京しますが、お仕事に対する気持ちはどんな感じだったのでしょうか。
川床 実は、お仕事を続けることにあまり前向きじゃなかったんです。高校進学する時点で、「大学に通って、2年ぐらい経ったときに、どうするか決めようかな」と考えていて、「どうせ辞めるだろうな」というぐらいの気持ちでいました。
――それが俳優でやっていこうと決断したのは何かきっかけがあったんですか。
川床 「これ!」というのはないんですが、いろいろな作品を経験していく中で、「明日死ぬとしたら、この仕事をしていたいかも」って思えるようになったんです。なので就活もしなかったんですよね。
――来年3月で大学卒業ですが、実感はありますか?
川床 すでに寂しいです。私にとって大学は、芸能関係以外の人たちとも共感し合える唯一のツールなんです。それがなくなったらどうなるんだろうという不安はありますね。
――最後に改めて「虎に翼」の最終週の見どころをお聞かせください。
川床 優未の家族に対する無償の愛に共感したので、優未が持っているお母さんへの思いを、皆さんにも感じていただけたらうれしいです。
PHOTOGRAPHER:TOSHIMASA TAKEDA,INTERVIEWER:TAKAHIRO IGUCHI
衣装協力:ジャケット¥60,500、パンツ¥38,500、シャツ¥33,000(すべてランブルレッド/ランチフィールド 046-876-9138)、リング¥7,150、¥8580(ともにソムニウム/ソムニウム 03-3614-1102)