寝食をともにしたことで、全寮制の高校みたいな共同体ができていた

――『あるいは、ユートピア』は、大量発生した謎の巨大生物によって、ホテルから出られなくなった12人の人間たちを描いた群像劇です。脚本も金監督が手がけていますが、どのように発想されたのでしょうか。

⾦允洙(以下、金) もともと群像劇をやろうとしていた訳ではなかったんです。日頃から脚本の相談などもしている信頼の置ける友人と話している中で、一つの場所に閉じ込められているワンシチュエーションという設定が先にありました。その中で約2時間の物語を成立させることを考えて、おのずと人が増えていった結果、群像劇になりました。同時期に別件で、札幌のマンションの一室に閉じこもって作業をしていて、その中でプロットを考えていたのも大きく影響しています。

――執筆段階で決まっている俳優さんはいたのでしょうか。

金 吉岡睦雄さんは、ほぼ当て書きでした。10年くらい前になるんですが、自分の作品に出てくれたことがあって。去年の夏、吉岡さんが主演した黒沢清監督の映画『Chime』に、僕がメイキングのディレクターで入っていたんです。そこで久しぶりに吉岡さんの芝居を間近で見て、それが頭のどこかに残っていたんですよね。あとは書いている途中に、無意識に「この人で」と想定していたのが渡辺真起⼦さんでした。

――渡辺さんとも過去に仕事をしたことがあったんですか。

金 仕事でご一緒したことはなかったんですが、2021年に『日曜日、凪』で「第34回東京国際映画祭」でAmazon Prime Videoテイワン賞を受賞した際の審査員の一人でした。他の方のキャスティングは脚本が完成した後だったんですが、非常にありがたかったのは、僕の提案を最優先してくださったんです。

――吉岡さんのように、過去に仕事でご一緒した方もいたんですか。

金 渋川清彦さん、⼤場みなみさん、杉⽥雷麟さん、愛鈴さんは仕事をしたことがありました。初めましての俳優さんも、過去に出演された作品を観て、心のどこかに残っていた方々に声をかけさせていただきました。篠井英介さんに関しては、ホテルの⽀配⼈・鶴⾒晃だけ誰がいいのか思いつかなくて、プロデューサーの方から提案をしていただいて、まさにイメージ通りだなと思って声をかけさせていただきました。

――キャスティングが決まった段階で、脚本の変更はあったのでしょうか。

金 脚本上のキャラクターと実際に演じてくださる俳優さんをどう融合させるかというのもありましたし、実際にお会いして、その人に役のイメージを乗せるというのもありました。クランクイン後も、俳優さんと接している中で徐々に変化していくこともありましたし、セリフについても一言一句違わず言ってほしい訳ではないので、初稿を書いた時点で、頭の中でガチガチに決め付けないことは意識していました。それによって現場で生まれるものをすくい取れるようにしたんです。

――俳優さんの提案などで変化していったと。

金 そうですね。クランクインの前に、リハーサルを数日設けてもらったんですが、そのときに俳優の方々からご提案していただきました。また撮影したホテルが宿泊場所も兼ねていて、ずっと一緒にいたので、コミュニケーションを取る時間がたくさんあって、その都度その都度で変化していきました。それぞれのアプローチで持ってきてくれたものは最大限に取り入れようと思っていましたし、俳優に限らず各部署でも、どれだけ他者性を取り入れるかを大切にしていました。せっかくいろんな人たちと共同作業をするので、僕が頭の中でガチガチに決めたものを具現化するより、そうしたほうが僕の想像を超えるものができると信じていたんです。

――演劇的な要素も感じたのですが、そういう環境が影響した部分もありましたか?

金 「舞台みたい」「舞台にもできそう」という意見は何人かからいただいているんですが、特に意識をした訳ではありません。リハーサルや段取りを見ていく中で、長いシーンもあるので、なるべく芝居を途切れさせたくないなと。どうしてもカットを割ると、ぶつ切りになってしまいますからね。なるべく俳優の方たちがやりやすいように心がけていた結果、舞台のような印象を与えているというのは大いにあると思います。

――キャリアも年齢もバラバラの俳優さんが集まっていますが、現場の雰囲気はいかがでしたか。

金 寝食をともにしていたので、キャストの方だけではなくスタッフも巻き込んで、不思議な一体感が生まれて。年代も若者たち、ちょっと上の世代、ベテランの方たちと上手く3層に分かれて、全寮制の高校みたいな共同体ができていました。性格もバラバラなんですが、それが奇跡的に良いバランスとなって、おのおのの役割みたいなものができていく過程は面白かったです。良い関係性で過ごしていたので、それが画面に映ればいいなと思っていました。

――まとめ役の俳優さんはいらっしゃったんですか。

金 渡辺真紀子さんの存在は大きかったですね。エネルギーの塊みたいな方なので、全てを巻き込む。そして全員が巻き込まれていくんです。仕事の面においてもそうですし、撮影が終わった後の時間もそうですし、頼りになる方でした。