こんにちは。GANG PARADE/KiSS KiSSのキャ・ノンです。今日も短い小説を載せようと思います。今回は女王蜂さんの『心中デイト』という曲を題材に勝手に書いてみたものです。歌詞がとても好きではじめて、文章にしてみたい!書いてみたい!と思った歌でした。
最近気付いたのですが、わたしは海とか水とかが好きなので、この間載せた『人と魚』もそうですが、そういう世界観が多いです。自分自身はまったく泳げないんですけどね。今後も海の中みたいなお話が出てくると思うので、相変わらず好きだなあと思いながら読んでもらえたら嬉しいです。

心中デイト

 祖母の家はいつも優しかった。冬になれば雪が降り、家の裏の空き地は真っ白になった。そこは何色にも染まることを許さないほど輝いていた。私は幼い頃、雪を食べるのが好きだった。真っ白な雪を祖母に見つからないようにこっそり食べた。橇で滑ったり、かまくらを作って一緒に遊んだり、祖母は母親のように私を可愛がってくれた。遊び疲れたあとは、冷たい雪で感覚のなくなった手足を石油ストーブで暖めた。祖母はすぐそばで鼻歌を歌いながら濡れた服や長靴を干している。石油の匂い、祖母の姿、だんだんと戻る手足の感覚、全てが優しく包んでくれているようで、白くてふわふわのカーペットの上で眠ってしまうのがほとんどだった。私はそんな柔らかい日々を愛していた。
 
 今日もあの日と同じ匂いがする、同じ感覚がする。私の走馬灯はあの日で突然足を止めた。冷たい海に浸かる脚は、ふくらはぎまですっかり自分のものではなくなってしまったようだ。中途半端に被った灯油が鼻を掠める。片方の手にはライター、もう片方の手首は恋人の手首と水色のリボンで結ばれていた。繋いだ手を何度も硬く握り直す。
「やっぱり怖いね」
 彼女は口を開いた。私も同じことを思っていたが、頷くのはやめ、彼女に視線を向けた。青白い肌、線の細い身体、長い睫毛、ツンとした鼻先、綺麗な横顔。天性だけではなく、努力で手に入れられた美しさは今夜水の泡となってしまう。暗闇の中、私は彼女の頬にキスをした。いつもの甘い香りに少しだけ潮の味が混ざる。口紅の色が付いてしまったが、彼女は震えながらはにかんだ。波の音しか聞こえないこの場所で、私たちはずっとこうしている。臆病なのか、それとも忍耐強いのかわからない。
「ねえ、これ」
 彼女は小さく折られた手紙を渡してきた。中学生の頃に流行った長方形で、角が中に折り込まれている手紙だった。戻し方わかんないよ、そう言うと笑いながら折り方を教えてくれた制服姿の彼女が浮かぶ。
「私たち、二人だから生きられないのかなって。一人だったらきっと、生きていけるのかも。」
繋がれた手は力をなくし、はじめて見るほど穏やかな表情をしていた。私は何も言えないままだった。
「だからさ、全く知らない場所でもう一度やり直してみたら? 海外とかさ、国内でもいいけどここじゃない、こんな汚いところじゃないどこかで」
 そうだね、さっきまで燃えて死ぬか溺れて死ぬかで揺らいでいた私は、彼女の言葉ひとつでなんだか納得してしまった。
「じゃあ、また一緒に……」
 なんとか声を出した私を横目に、彼女はポケットからハサミを取り出して、繋がれたリボンを切った。そして次に、自分の首にそのハサミを刺した。彼女の目は遠くを見ていた、そしてちっとも泣いていなかった。白いワンピースは少しずつ赤く染まっていく。鮮やかな赤が美しくて思わず見惚れてしまった。時間が止まったみたいに脚がすくんで動けない。彼女は倒れた。濁った海に血が流れ出す。赤はあっという間に広がり、私たちを取り囲む。小さな手紙は握りしめ、左手に持っていたライターは遠くへ投げた。その先に見える海は綺麗だった。深い青に昇り始めた朝焼け、遠くにあるから綺麗なのだろうか。真下を見れば真っ赤に染まった海と、ふわふわと波に揺られる彼女がいた。白い肌はぴかぴかと光った。左手首には水色のリボンが結ばれたままだった。

 ずぶ濡れでシャワーを浴びた。芯まで冷えた体を石油ストーブで暖めた。今日も白いカーペットの上でうつらうつらしている。鼻歌は聞こえない。祖母の家はいつも優しい。

過去の連載記事はこちら
https://strmweb.jp/tag/ca_non_regular/

キャ・ノン

「みんなの遊び場」をコンセプトに活動する11人組アイドルグループGANG PARADEのメンバー。また、「KiSSをあなたにお届けchu!♡」をキャッチコピーに活動するWACK初の王道5人組アイドルグループ『KiSS KiSS』のメンバーの一人でもある。ライブ好きで、苦手なことや、できないことは出来るようになればいいというタフでロックな精神の持ち主。2024年5月31日より自分自身のライブレポートなどを綴った『アイドルリアル備忘録』をSTREAMにて連載中。