文化放送でのたくさんの出会いと縁に感謝
――現在はフリーアナウンサーとしてだけではなく、気象予報士としてもご活躍中ですが、気象予報士を目指したきっかけも教えてください。
坂口 愛媛朝日テレビに入社した頃から、夕方のニュース枠などで天気予報を担当していたのですが、2018年の西日本豪雨を経験したことがとても大きかったです。天気予報担当という立ち位置ではあったのですが、いざ豪雨など大きな災害が起きた時に、結局は気象予報士ではないですし、本当に専門的なことまでは分からないので、気象台が出している情報をそのまま言うことしかできなかったんですよね。私が知識を持っていたら、西日本豪雨の時にもっと伝えられることがあったのかな、何か変わったのかなと思ったんです。天気予報は人の命を助けられる仕事だなと感じて、そこから気象予報士の勉強を始めて、7回目の試験で合格することができました。

――文化放送の番組で坂口さんが「気象予報士に合格しました」とお話していたのをたまたま聴いていたので、目指すきっかけや思いが知れて良かったです。文化放送時代には、本当に素敵な出会いの連続だったのではないかなと思います。名だたるタレントの皆さんと共演していましたが、特に印象に残っている番組を挙げるとしたら何でしょうか?
坂口 文化放送に入ってから担当した番組はすべて思い入れが強いですし、思い出もたくさんあります。ご一緒させていただいた秋元真夏さん、村上信五さん、林家たい平さん、鈴木おさむさん、平子祐希さん、山根良顕さん、高橋優さん、ふかわりょうさん…、もう皆さんにお世話になったのですが、特に平日朝の『おとなりさん』を任せてもらった期間は、自分の中でとても大きな経験になりましたし、勉強にもなりました。気象予報士に関しては、おさむさんに発破をかけてもらったことがとても大きかったんです。『おとなりさん』で「気象予報士の勉強をしているんです」とお伝えした時に、「どのくらい勉強しているの?」と聞かれて、「会社帰りに30分から1時間くらい図書館で勉強しています」と答えたら、「うちの息子の夏休みの宿題よりも短い。絶対無理だよ」と呆れられてしまって…。私も結構負けず嫌いなので、そこで火が点きまして、ギャフンと言わせたいという思いが芽生えて、次の試験でようやく合格することができました。
――それはおさむさんに感謝ですね。
坂口 本当にそうなんです。おさむさんからは他にも「心が見えるアナウンサーが一番いい」と言われて、そうなれるよう心がけるようになりましたし、村上さんからは「フリートークで大事なのは“組み立て”と“温度感”や」と言われて、意識するようになりました。私としては硬軟どっちも取り扱えるMCになりたいので、女性版村上信五を目指しています。
――お2人からの素敵な言葉とアドバイスですね。では、そんな坂口さんご自身のアナウンサーとしての信念も教えてください。
坂口 アナウンサーを目指したきっかけとなった高校野球のリポーターの時に感じた、知らない世界で頑張る人達の姿を伝えたいという最初に芽生えた思いをずっと大事にしたいと思っています。世間一般的に見たら知っている人は少ないかもしれないけれど、色々な世界の中で頑張っている人がたくさんいるということを伝えたいと思っていて、それは今でも自分の中で大切にし続けています。

――ありがとうございます。ここからは、この春からの新番組について教えてください。
坂口 広島FMで『気象神社ラジオ』という番組がスタートしました。実は村上さんと一緒に出演させてもらっていた文化放送の『村上信五くんと経済クン』という番組がきっかけになっています。村上さんは現在、農業関連企業のノウタス株式会社に役員として入っているのですが、私もそこの会社に気象予報士として携わらせていただいていまして…。今回はその会社関連の番組ということで、農業と食と天気についての番組になっています。本当に色々な出会いやご縁が繋がって、この春、次のステージへと進めている感覚です。
――そして、関西でも番組がスタートしたのですね?
坂口 そうなんです。ラジオ関西では『DJ Nobbyのモトが取れる話』が始まりました。Nobbyさんは元金融マンで、経済や投資などに特化した番組を配信されている方なのですが、その方と一緒に雑談も交えた柔らかい経済番組をお届けしています。ずっと目標にしていた地元の関西での番組で、Nobbyさんと一緒に全編関西弁で喋らせてもらっています。それがすごく新鮮で楽しいので、是非どちらの番組もチェックしてみてください。
