シュレは「環境に殺された、悲しくも誠実なカエル」

――今回演じるシュレという役に、どんな印象を持っていますか。

中山 環境に殺された人、という印象ですね。戦争そのものに殺されたわけではなく、戦争が引き起こした時代、そこから派生して生まれた人たちや文化のようなものに殺された人間、いや、カエルか(笑)。悪人じゃないですし、善人かどうかさえも分からないですけど、戦争の被害者であり加害者でもあります。悲しくも誠実なカエルだと思います。

――シュレは知的で繊細なキャラクターですが、演じる難しさは感じていますか。

中山 難しさは感じていないです。こういう物語が好きですし、シュレは論理的に考えるタイプなので、その考え方自体が分かるし、共感できるんです。時代や社会がおかしいことへのやりきれなさは、誰もが抱えているものだと思うんですけど、みんなそこから目を背けているだけのような気がしていて。役者という仕事は、自分の弱さや癖、醜さを使って表現することが多いので、自分の汚い部分と向き合う機会が多いと思うんです。シュレはそういうところに圧倒的に敏感なので、僕としてはアプローチしやすいキャラクターです。

――人間の嫌らしさを表現する中で、自分とも向き合わなければいけないということですね。

中山 簡単な言葉で言うと、人間は一人では何もできないんですけど、みんなが集まれば、動かないものが動いていくんです。それを正しい方向に動かすのか。とはいえ、「正しい」と言うと、正義か非正義かという話になって、誰から見ての正義なんだということになります。実際、民衆において、個々が集まって生まれるパワーが、一人の人間を殺してしまう方向に動くこともある。そういうものではあるので、シュレがもうちょっと悪いカエルだったら良かったのにな、と思うところもあります。真正面から世界とぶつかってしまったことが、シュレを苦しめた。とても清らかなカエルだったんじゃないですかね。

――演出のウォーリー木下さんには、どんな印象を持っていますか。

中山 今回が初めましてなんですが、可能性を無限に広げようとしている方だなと。『蛙昇天』は哲学的な作品で、圧倒的な言葉数があります。それをKAAT神奈川芸術劇場という大きな劇場でやる。しかもカエルの世界なので、エンタメに昇華していくために必要な要素を模索しているんです。それは演者の僕たちから生まれるもので、この人はどこまで体が動くんだろう、どんなアイデアを持っているんだろうといったことも含めて、可能性を探ってくれています。ウォーリーさんの中にも、ある程度決まったラインはあると思うんですけど、そこからどれだけ肉付けできるかを常に考えていて、僕らにも意見を聞いてくれます。一人ひとりから出たアイデアを、真摯に受け止めてくれるんですよね。