舞台は誰が観に来ても誰のことも傷つけちゃいけない場所
――7月22日に初演を迎えるミュージカル『カラフル』は森絵都さんのベストセラー小説が原作ですが、どういう経緯で製作が決まったのでしょうか。
小林香(以下、小林) 世田谷パブリックシアターとアミューズのプロデューサー陣が森絵都さんの原作を推薦してくださって、初めて読ませていただいたんですがとても面白かったです。今回のミュージカルは「せたがやこどもプロジェクト2023」の一環で、いつもは児童から大人までを対象でやってらっしゃるプロジェクトなんですが、『カラフル』は特に小学校高学年から高校生と、若い人をターゲットにしています。原作は1998年に書かれた作品で、自死について描かれていますが、25年経った今も子どもたちの自死が問題になっていますし、令和4年は小中高生の自殺者数が1980年以降で最多になってしまいました。そういう時代背景もあり、世田谷パブリックシアターという、深いメッセージを届け続けている劇場で上演するには、ぴったりな作品ということで今回ミュージカル化することになりました。
――原作を初めて読んだときの印象はいかがでしたか。
小林 軽やかな筆致の小説を舞台化するときに、今の時代を映し出せるかどうか、しばし考えました。作品が書かれた25年前に比べて、今はもっと大変な状況ですから。ただ、何度か読んでいくうちに、子どもたちに勇気を与えることを優先したこの軽やかな筆致はミュージカル化にふさわしいと思うようになりました。森さんが『カラフル』をお書きになった年齢はおそらく28歳とか29歳くらい。主人公の小林真くんは中学3年生の14歳ですけれども、まだ森さん自身がお若いときに、10代の若い子たちのことを思って、何とかして自分を追い詰めない道を提案しようとされている、その迫力に心を動かされました。ぜひ森さんの言葉を使わせていただいてミュージカル化したいなと思いましたし、森さんからも「自分の文章を使ってもいいですよ」と許可をいただきましたので、『カラフル』ファンにもおなじみのセリフがたくさん出てきます。
――ミュージカル化する上で強く意識した点は何でしょうか。
小林 やっぱり若い人たちに観に来ていただきたいなと思っていますし、世田谷パブリックシアターも若い人が来やすい価格帯にするなど、いろんな作戦を練って新しい観客を呼び込もうとしていらっしゃいます。いじめられた子、いじめた子、死を考えたことがある子……・・・当事者の子どもたちも客席にいるんじゃないかと思います。その子たちの心が軽やかに、温かくなるように、ミュージカルならではの歌とダンスの力、ハーモニーの美しさを使って、優しい手触りの作品をお届けできるように考えています。
――若い世代にメッセージを届けるために、どんな事前準備をされたのでしょうか。
小林 この舞台は大人の方にも観ていただきたいですし、原作が孕んでいる問題は大人と子どもが共に考えていかないといけないものです。一方で、なるたけ若い人たちの生の声を取材して、彼らの目線に立つことを心がけようと思いました。真と同い歳の甥っ子だったり、友人のお子さんの話も聞きましたし、若者の生の声をまとめている本を読んだり、たくさんのテレビのドキュメンタリー番組などを観たりして、子どもたちの視点を自分の中に取り込んで、頭じゃなくて気持ちで書けるようなところまで持っていきたいなと思って、最初の段階はそこに時間を費やしました。
――普段からリサーチは徹底してなさるのでしょうか。
小林 そうですね。舞台は、誰が観に来ても誰のことも傷つけちゃいけない場所だと思っています。それが外国の話であろうが、違う時代の話であろうが、誰かが傷つくことのないようにするためにも、徹底的に調べ上げないといけないと思っています。誰かを傷つけていないか、誰かを苦しめていないかという私自身の不安を減らすためにも、できる限り学んで、作品作りに挑むようにしています。そうすると徐々に当事者の声が自分の中に入ってくるんです。憑依するとまでは言わないですけど、自然と細胞の中に入ってきますし、そうならないといけないなと常々思っています。