心が繋がるラップをしないと通用しない

――ラップの練習はどれぐらいの期間あったんですか。

山下 クランクインの半年前から始めて、頻度は高くなかったんですが毎回課題をもらって、それをクリアしていくみたいな感覚でしたね。

――徐々にラップが上達していくグラデーションを表現する難しさはなかったですか。

山下 下手にするのは簡単でした(笑)。あとは、基本的に順撮りで物語を追って撮ってくださったので、自分なりに段階をつけて表現できたと思います。

――ラップをするシーンで一番緊張したのは?

山下 先ほどもお話しした教え子が弾くピアノをバックにラップするクライマックスです。ラップを通じて教え子の心をノックしなきゃいけないので、独りよがりのラップだったら意味がないし、彼と一緒に楽しんで心のキャッチボールをするのが根本にありました。類くんを演じた滋賀練斗くんは、初めてのお芝居でしたし、シャイな性格だったこともあって、彼が純粋だからこそ、本当に心が繋がるラップをしないとこのシーンは成り立たないなと思っていました。

――草場監督の演出はいかがでしたか。

山下 草場監督迷います、悩みます。それに優しすぎるので、いつも丁寧に言葉を選んで、それゆえに時間がかかったりします。先ほど雪子と似ていると言ったのは、そういうところでもあります。でも、そんな監督だからこそ、細かいレースのように気遣いや優しさが散りばめられた映画になったんだと思います。「誰1人取り残さない」。何気なく授業中にでてくるワードではありますが、監督の現場はそういう現場なんです。私の生意気な意見も、スタッフ一人ひとりの意見も絶対耳にいれてくれますし、それを拒絶しない。かと言って、ちゃんと頑固さや信念があるので、人柄も含めて、監督が進む道に着いていきたいと思わされてしまいます。

――初めて完成した作品を観た印象はいかがでしたか。

山下 心の底から、いい映画だなと思いました。草場監督を筆頭に、このスタッフ・キャストじゃなければできなかったと思います。奇跡の瞬間がたくさん切り取られていて、純粋に感動しました。せわしない世の中だからこそ、ちょっとした優しさや気遣いは、風のように飛んでいってしまう。けれど、その優しさが塵のように積もって塊のようになった映画だなと思いました。

――雪子は“29歳問題”の渦中で人生に迷います。当時三十代になるという節目だったからこそ独立という選択に踏み切れた部分もありましたか。

山下 ありましたね。二十代のときの私の精神年齢は本当に幼かったと思います。当時の自分は、過去の自分に足を引っ張られて、無駄な時間をたくさん過ごしました。傷つかないように、逃げるように楽しいことで気を紛らわせたりして、本当の自分が何をしたいのか分からなくなっていたんです。若さの勢いだけで生きることも素敵なことかもしれないですが、私の場合は違いました。三十代を迎える前に、人生を振り返ったとき、このままでいいのかなと考えたんです。私の人生なのに、まだ自分の人生の主人公にさえなれていない気がして。誰しも苦しいことや悲しいこと、その時々の悩みがあると思うんですが、30歳になるという意識が、成長するために改めて自分自身と向き合うきっかけになったと思います。明確に人生の目標を改めて考えさせられました。

――環境を変える不安よりも、楽しみのほうが勝ったということでしょうか。

山下 そうですね。独立をしたときに、自分に期待しているのは自分自身しかいないと思ったんです。一人だけの孤独はありましたけど、一人だからこそ、心の自由を手に入れた気持ちでした。自分に全ベットして賭けてやる!って。それに、仕事がなければいつでも辞めていいって、最強ですよね。一見、責任感が無さそうな言葉ですけど、責任感しかない言葉でもあるんです。仕事がくれば、いつも最後の仕事になると思って挑んでいたので。とにかくガムシャラにやってみて、それがダメでも、むしろ気持ちが良いです。何もせずに後悔する道をさまよっているよりも、行き着く先に行って、ボロボロになる人生のほうが面白いと思いました。

――着実に仕事の幅も広がっています。

山下 昨年は10年ぶりにミュージカル出演させていただいたり、写真集や、バラエティでアート作品にも挑戦しました。30代になって、こんな風に新しいことに挑戦できるなんて本当にありがたいです。毎回試練は感じますが、それも楽しめるようになりました。それは、過去より未来を見ているからなのかなと思います。今、私を取り巻く環境や景色が物凄いスピードで変化しています。今年から、新しく事務所に所属することにもなったんです。自分が変われば周りも変わると言いますが、それを身を持って経験している最中。これからどんどん面白い役者になれる気でいますし、40歳を迎えるときに、どんな自分と出会えるのか、歳を重ねるのが楽しみになってきました。ありのままの自分を大切に、これからもワクワクすることをしていきたいですね。

Information

『雪子 a.k.a.』
ユーロスペースほか全国順次公開中!

山下リオ/樋口日奈、占部房子、渡辺大知、石田たくみ(カミナリ)、剛力彩芽、中村映里子、池田良/石橋凌

監督・脚本・編集:草場尚也
脚本:鈴木史子
ラップ監修:ダースレイダー
音楽:GuruConnect
主題歌:「Be Myself」(Prod. GuruConnect)/ポチョムキン(餓鬼レンジャー)、泰斗a.k.a.裂固&瑛人

記号のように過ぎていく29歳の毎日に、漠然とした不安を感じている小学校教師の雪子。不登校児とのコミュニケーションも、彼氏からのプロポーズにも本音を口にすることを避け、ちゃんと答えが出せずにいる。ラップをしている時だけは本音が言えていると思っていたが、思いがけず参加したラップバトルでそれを否定され、立ち尽くしてしまった。いい先生、いいラッパー、いい彼女に……なりたい?と自問自答しながら誕生日を迎えた。でも現実は、30歳になったところで何も変わらない自分でしかない。それでも自分と向き合うために一歩前へ進んだ彼女が掴んだものとは――。

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山下リオ

1992年10月10日生まれ。徳島県出身。2007年「三井のリハウス」12代目リハウスガールに選ばれ、注目を集める。同年にドラマ『恋する日曜日 第3シリーズ』で本格的に俳優デビュー。2008年 『魔法遣いに大切なこと』で映画初主演。NHK連続テレビ小説『ウェルかめ』『あまちゃん』に出演したほか、 濱口竜介監督作『寝ても覚めても』、岨手由貴子監督作『あのこは貴族』、竹中直人監督『零落』、古厩智之監督『PLAY!〜勝つとか負けるとかは、どーでもよくて〜』、荒木伸二監督『ペナルティループ』などに出演。

PHOTOGRAPHER:TOSHIMASA TAKEDA,INTERVIEWER:TAKAHIRO IGUCHI