モデル時代に経験したことが今の自分の身になっている

――ここからはキャリアについてお伺いします。小さい頃からダンスをやっていたんですよね。

ゆうちゃみ もともとヒゲダンスが大好きで(笑)。そこからママが好きやったEXILEさんの影響を受けて、EXPGに通い始めてキッズダンサーになったんです。最終目標はEXILEさんのバックで踊ることだったんですけど、その夢が叶った時点で「いいかな」となって。そもそも団体行動が苦手で、1人で目立ちたかったんですよね。そんな時にテレビで「東京ガールズコレクション」の映像が流れてきて、「あのランウェイを歩きたい!」と思って、モデルをやりたいと思いました。

――2014年に「東京ガールズオーディション」のファイナリスト選出を果たして、モデル活動を開始。その翌年には、「第23回ピチレモン専属モデルオーディション」でグランプリを獲得して、『ピチレモン』の専属モデルになります。その前からギャルだったのでしょうか。

ゆうちゃみ ギャルでしたね。ママがギャルなんですよ。ママは真のギャルというか、見た目だけじゃなくてマインドも芯が通っていて、ポジティブの頂点みたいな人なんです。私が芸能界で落ち込んだ時も、ママがメンタルケアをしてくれて。言ってることが全部、的を射ているし、元気になれる言葉をかけてくれるから、今の私がポジティブでいられるのもママのおかげです。その影響で、小学生の頃からキッズのギャルブランドを着ていて、毎日、ルーズソックス、ヒョウ柄、ゼブラ柄、でかいリボン、みたいな。

――当時のコーディネートはお母さんですか。

ゆうちゃみ そうです。ママが着せ替え人形みたいに、かわいい服をいっぱい着させてくれたんですよね。でも与えてもらい過ぎたせいか、ファッションセンスが欠けていて、今は妹に着ていく服を決めてもらっています。

――反抗期はなかったんですか。

ゆうちゃみ なかったですね。ずっとママとは友達みたいな距離感でした!

――『ピチレモン』の後も、『ラブベリー』のレギュラーモデル、『Popteen』のレギュラーモデル、『egg』の専属モデルと、順調にキャリアを重ねていきます。モデル同士で競い合う局面も多かったかと思います。

ゆうちゃみ 今思い返せば、めっちゃ壮絶でした。たとえば雑誌の巻頭企画で1位を獲らないといけないとか、大変すぎて「なんなんこの世界は」と最初は思っていたんですよね。ただ勝負みたいな部分も楽しいというか、周りの人たちも支えてくれるし。「ゆうちゃみチームで頑張ろう」みたいな感じで、支えられているな、愛されているなと実感できるのもうれしかったです。その結果、『egg』でピンの表紙を飾った時は気持ちよかったですね。あと『Popteen』と『egg』は縦社会で、上下関係がはっきりしていて厳しいんですけど、そこで経験したことが今の自分の身になっています。

――年上と接するのは得意なほうですか。

ゆうちゃみ そうですね。ダンスをやっていた頃から、ずっとお兄ちゃんお姉ちゃんしか周りにいなくて、自然と年上の人と一緒にいることに慣れていたのが大きかったんでしょうね。