物心ついたときから、みんなと同じファッションが嫌だった

――8月4日に発売した初の著書『鬼強ギャルマインド 心にギャルを飼う方法』の企画が立ち上がったのは、いつ頃だったのでしょうか。

赤荻瞳(以下、赤荻) 去年3月まで『egg』の編集長をやっていて、今年4月に「渋谷女子インターナショナルスクール」(以下、「渋女」)という学校を立ち上げたんですけど、その間に「一緒に本を作りませんか」という問い合わせを幾つもいただいたんです。その中で今回のスタッフさんと制作させていただくことになりました。

――現在、“第3次ギャルブーム”と言われる中、タイトルにもなった「ギャルマインド」をテーマにした理由を教えてください。

赤荻 私自身、生まれたときからギャルだと思っていますし、ギャルマインドって素晴らしい、ギャルマインドによって日本がハッピーになったらいいなと、ずっと思っていたんです。それを本という形で、いろんな人に知ってもらいたいなということでテーマに選びました。

――本書で“ギャルマインド7箇条”として赤荻さんが掲げているのが、「見た目は一切カンケーない」「一生自分が主人公」「自分の『好き』を貫き倒す」「自分をチアって、自分をアゲる」「好きなのはいつも『今の自分』」「だれもがみんなナンバーワン」「自己ちゅーよりも『仲間ちゅー』」で、その実例に大きく頷かされました。

赤荻 私自身、文章にすることで、今まで普通だと思っていたことが、「これもギャルマインドだったんだ!」と気づくことが多かったです。私自身、いろいろなお仕事に携わってきましたが、どれも自分に合っていて、すごく楽しかったんです。今やっているお仕事も楽しいんですけど、そんなに働いているという感覚はなくて。自分のやりたいことをやるために、楽しい人生にするためにやっているという感じです。人によっては大変と思うところもあるかもしれませんが、全てギャルマインドで変換されるんですよね。成功している人ほど、言い訳をせずに、いろんなことにチャレンジしていますしね。

――壁にぶつかることはないんですか?

赤荻 そもそも私は落ち込むことがないポジティブな性格なんですけど、誰もがギャルマインドを持っていれば、ハッピーな方向に行くはずです。たとえ失敗しても、それが経験になって、次にレベルアップできればいいし、何か落ち込むことがあっても前向きに捉えるようにしています。私自身、年々ギャル度がアップしているし、その分、人生も楽しくなっているんですよね。

――令和の時代にギャルが増えているのには、どういう背景があるのでしょうか。

赤荻 全盛期のギャルの方々がお母さんになって、その娘さんが小学生・中学生でギャルに目覚めたのが大きいでしょうね。2018年に『egg』が復活したんですけど(※1995年に創刊、2014年に休刊)、親子で一緒に娘さんのファッションやメイクをバチバチにギャルに仕上げて、『egg』のオーディションに参加しているんです。ちっちゃい子だと小学1年生で、「私ギャルです」と言うようになっていて、ギャルが盛り上がっているなと可視化されるようになりました。

――赤荻さん自身、見た目が一番ギャルだったのはいつ頃ですか。

赤荻 小学5年生から中学2年生ぐらいが一番でしたね。まだ毎月、『egg』は出ていたんですけど、埼玉の田舎に住んでいたので、地元にそこまでギャルはいなかったんです。でも私の周りには、めっちゃギャルでかわいい先輩がいましたし、私も含めた仲良し5人組グループは、他の親御さんから「ギャル軍団」と呼ばれていました。

――ギャルに惹かれたきっかけは何だったのでしょうか。

赤荻 物心ついたときから、みんなと同じファッションが嫌で、幼稚園の制服も私だけネクタイをして、靴下の色も変えて、髪の毛もできるだけ派手にしてと、いろんな工夫をしていました。小学生になると、『Gals!』や『ピーチガール』など、ギャルが主人公のマンガを読むようになって、私が目指す場所はギャルなんだと確信していましたし、ギャルであることが当たり前になっていました。

――ご家族もギャルであることを受け入れてくれたんですか。

赤荻 理解がありましたね。母親はギャル世代よりも、ちょっと上の世代なんですけど、おしゃれが大好きで、「もっとやっちゃいなよ」「こういうコーデはどう?」とファッションの提案をしてくれることもあって、いつも応援してくれていました。