皆さんの笑顔を見ることが、私がアイドルを続けてきた理由
――ロッカジャポニカの活動終了から3ヶ月弱の準備期間を経てB.O.L.Tの活動が開始しました。
内藤 いまだにロッカジャポニカのラストライブとB.O.L.Tの初ライブが同じ2019年なことが信じられなくて。1年後ぐらいスパンあったんじゃないかって思っています。

――ロッカジャポニカの3人に加え、白浜あやさん、青山菜花さんが加わり5人でB.O.L.Tとしての活動が開始します。白浜さん、青山さんの印象はいかがでしたか?
内藤 最初は同い年ぐらいの子が入ると聞いていて。二人に会ってみたら小学生だったのでめちゃくちゃ驚いたのを覚えています。
――B.O.L.Tの楽曲はいかがでしたか?「星が降る街」はHAWAIIAN6の安野勇太さん、「夜更けのプロローグ」はHUSKING BEEの磯部正文さんが楽曲を提供されて、本格的なロックサウンドも話題になりました。
内藤 「星が降る街」を初めて聴いたのは、キングレコードさんのスタジオだったと思います。これまでは音源を送っていただいて、それぞれで聴くことがほとんどでしたが、この時はプロデューサーさんやスタッフさんなど、みんなで集まって楽曲を聴きました。もともとロックが好きだったので、アイドルとしてバンドサウンドができるのはすごく嬉しかったですね。
――同じ2019年には、明治座で開催された『ももクロ一座特別公演』にもご出演されていました。
内藤 明治座は私にとってすごく大きな経験でした。役をいただいて出演させていただいたのですが、それ以外にも、高城れにさんの代役として準備をしていて、万が一、高城さんが出演できない時に備え、全てのセリフと殺陣も練習していました。私が先に稽古に入っていたので、高城さんに動きや流れをご説明するような貴重な経験もさせていただきました。
――ご自身と高城さんの演技を比べていかがでしたか?
内藤 立ち姿一つでも全然違っていて、全く同じ動きのはずなのに、こんなにも違うんだということを知れて大きな学びになりました。バックダンサーとしてももクロさんのステージで学ぶことはたくさんありましたが、明治座はこれまでにない経験になりました。普通に代役を立てるなら私よりも適任がいたと思いますが、こういった機会を与えてくださったことに本当に感謝しています。
――そして2019年は浪江女子発組合の結成の年になります。
内藤 憧れのあーりんと同じグループになることに、なかなか理解が追いつかなかったですし、恐れ多かったです。他のメンバーも同じだと思いますが、グループに慣れるまで時間がかかりました。毎回、緊張しすぎて歌詞を飛ばしたり、振り付けを間違えないように慎重になりすぎてました。グループとしては、浪江町に行って活動することやコンセプトもとても意義あることだと思いましたし、衣装や楽曲も初めてのチャレンジが多かったのでワクワクがたくさんありました。
――2020年、2021年はコロナ禍で活動が難しい時期が続きました。それでもB.O.L.Tとしては1stアルバム「POP」2ndアルバム「Attitude」のリリース、Zepp Tokyoでのワンマン、内藤さんの20歳の生誕祭として始まった初の「Luna FESTIVAL」の開催など、精力的な活動を続けられます。2020年に初開催となった「Luna FESTIVAL」はいかがでしたか?
内藤 20歳を迎える時に「生誕祭やってみる?」とプロデューサーさんからお声がけいただいたのがきっかけです。過去にメンバープロデュース公演をやった時に、とても楽しかったという話をしたのを覚えてくださっていて、お声がけいただきました。
――B.O.L.Tと浪江女子発組合は全くコンセプトが異なるグループですが、それぞれどのようなことを意識しながら活動されていましたか?
内藤 B.O.L.Tでは私が最年長で、アイドルが初めてのメンバーもいました。いろんなことを伝えたり教えたりする役回りで、常に気が抜けない感覚がありました。B.O.L.Tのメンバーはみんないい子だし、楽しいことはたくさんあったけど、年長者としての立ち振る舞いは経験したことがなかったので、たくさん勉強になりました。
――浪江女子発組合はいかがでしょうか?
内藤 あーりんへの緊張感はずっとありましたが、一緒に活動していたメンバーは全員、元3B juniorだったので、どこか昔に戻って楽しめる場所でした。コロナ禍がなければ、毎月、浪江町に行く予定でしたが、思うように活動できない中、配信だったり、東京でできることを考えたり、メンバー全員で考えて行動していました。
――楽曲面やパフォーマンスでも対照的な2組ですよね。
内藤 B.O.L.Tの本格的なバンドサウンドに対して、浪江女子発組合は清楚なアイドルグループで、爽やかなアイドルソングやロングスカートを使った振り付けもあったり、どちらも初めての経験が多かったです。立ち振る舞いも違うので、浪江女子発組合の時にB.O.L.Tのロックな感じが出てしまうこともあって、切り替えはかなり意識していました。
――どちらのグループでも精力的に活動されてきましたが、2023年にB.O.L.Tラストライブ「B.O.L.T The LAST」を持ってB.O.L.Tは解散になります。
内藤 正直、心の準備はできていませんでした。コロナ禍で声出しライブもなかなかできなかったですし、今振り返っても悔しさがあります。解散発表をしてからやっとライブで声が出せるようになりました。B.O.L.Tの楽曲はライブで映える曲がたくさんあって、もしもっと早くコロナ禍が終わっていたら、もっと早く声出しライブができていたら、違う未来があったんじゃないかと思うこともあります。ラストライブで全37曲すべてを披露できて、最後にみんなでB.O.L.Tのライブをつくれたことは嬉しかったですが、今でも悔しさや寂しさは強く残っています。
――B.O.L.Tが解散して浪江女子発組合としての活動に変化はありましたか?
内藤 B.O.L.Tの活動の有無にかかわらず、浪江女子発組合への思いは全く変わらかったです。でも大事な場所を守っていきたいという気持ちは強くなりましたし、より一層、グループと向き合えたと思います。コロナ禍が終わってからは、浪江町に行けるようになって、町の方々やファンの皆さんと近い距離でたくさん触れ合えるようになりました。浪江女子発組合、LumiUnionでしかできないことがたくさんあって、ずっと活動を続けていきたいと思っていました。

――みにちあ☆ベアーズから始まり、3B junior、ロッカジャポニカ、B.O.L.T、浪江女子発組合、そしてLumiUnion。ここまでさまざまなアイドルグループで活動を続けてこられましたが、内藤さんのアイドルとしての原動力はなんだったのでしょうか?
内藤 一番の原動力はファンの皆さんの笑顔です。最初はダンスが好きだからという理由で始まった活動でしたが、ももクロさんを見て憧れを抱き、私たちを見て笑顔になってくださる方々を目の当たりにした時に、その笑顔をずっと見ていたいと思うようになりました。皆さんの笑顔を見ることが私の喜びであり、私がアイドルを続けてきた理由です。
――開催中のラストツアー「LumiUnion Final Journey」の大阪公演では内藤さんがライブ演出を担当されました。そこでは浪江女子発組合、LumiUnionの過去メンバーを含めた全員でファンのみなさんに思いを届けていました。まさにファンの皆さんと共に歩んだ感謝の思いを伝える演出でした。いよいよツアーもあとわずかで終了となります。最後にメッセージをお願いします。
内藤 LumiUnionのことはフェスなどで見たことがある方もいると思いますし、メンバーが過去に所属していたグループのことを知っている方もいるかと思います。LumiUnionは初めて観る方も楽しんでいただけるグループですし、観てくださった方を笑顔にできるアイドルだと思うので、ぜひライブに来ていただけると嬉しいです。
