YUTORI-SEDAIからYU’Sへ。改名に込めた思い

――7月28日の下北沢MOSAiCでバンド名を「YUTORI-SEDAI」から「YU’S」に改名されました。改名を考えたきっかけを教えてください。

金原 本格的に話し合い出したのはこ2026年1月ごろでしたが、それ以前から考えるきっかけはありました。特にメジャーデビュー以降、自分がどういう楽曲を作って、どういう歌詞を書いて、どういうメッセージを伝えていたのかを考えるようになって。そうやって悩み始めたときに、バンド名についても考えることはありました。

――2026年1月に何か大きなきっかけがあったのでしょうか?

金原 1月にワンマンライブがあって、その打ち上げのときに上原とスタッフさんと改名の話になって、現実的に考えようとなりました。それまでもそれぞれで思うことがあって、みんなの話がグッとまとまったのがそのタイミングでした。

――そこから話が本格化していったんですね。

金原 そうですね。活動の軸もたくさん話すようになって、それとともに改名の話も進みました。でも、バンド名が決まったのは、結構、最近の話ではあります。

――バンド名である「YU’S」に込めた思いを教えてください。

金原 自分たちの音楽をあなた一人に伝えたいという思いがあって、みんなじゃなくて「あなたの集合体」という意味で、YOUにSをつけようと思いました。加えてYUTORI-SEDAIとしての活動を大事に受け継いでいきたいという意味でも、「YU」はYUTORI-SEDAIの「YU」でもあって、「YU’S」に決めました。

――”あなた”とYOUと「YUTORI-SEDAI」の「YU」を重ねたんですね。「YUTORI-SEDAI」は、どういった経緯でつけられたのでしょうか?

金原 バンド名にした当時は、「ゆとり世代」というワードはネガティブな要素が強かったように覚えています。そのネガティブをポジティブにしたいという意味もあったし、聴いてくださる方の苦しい気持ちに寄り添って、心にゆとりが持てるような存在になれたらいいなという意味もありました。

――上原さんは改名のきっかけとなった打ち上げに参加されていましたが、どのように感じていましたか?

上原 僕も打ち上げがきっかけで本格的に考え始めました。バンド名を変えるとしてもどう変えるのかとか、そもそも自分たちはどういうバンドで、メンバーはどういう人なのかということを改めて話し合いました。バンド名を考えることが、自分たちのスタンスについて深く考えるきっかけにもなりました。

金原 少し違う目線ですが、「ゆとり世代」という言葉が持つ意味が、世の中的にそこまでネガティブではなくなってきたり、「ゆとり世代」という言葉の印象と僕たちがやりたい音楽にズレがないかを考えるようになったり。バンド名で誤解されることなく音楽を受け取ってほしいと思ったときに、時代の変化とともに、この名前でいいのか確証が持てなくなってきたということもありました。

――逆にバンド名が変わってもずっと変わらないこと、変えたくないことはなんでしょうか?

櫻井 メンバーみんな同じ気持ちだと思いますが、あなたの心に寄り添いたいという思いは、今も昔も変わらないです。ただ、寄り添い方だったり、本当の意味で寄り添うって何なんだろうということをこのタイミングであらためてしっかり確認しました。

上原 聴いてくれる人の近くにいたいっていう気持ちがずっと変わらない思いです。改名することで、もっとそれをしっかり感じてもらえるようになりたいなと思っています。

金原 寄り添うことは一貫していますが、僕たちなりの寄り添い方についてはこのタイミングでしっかり考えました。これまでも寄り添いたいって言ってるのに、どこか俯瞰しているような感覚があって。こう言わないといけないとか、かっこよくないといけないとか、ミュージシャンとしてのあり方など、固定観念みたいなものに囚われすぎているところがありました。

三人とも性格が似ていてネガティブな部分を持っていたり、自分から自分のダメなところを探してくるようなタイプで。そういう自分たちだからこそ、背伸びをせずにこんな弱いんだよって等身大の姿を届けることで、自分たちなりの寄り添い方ができるんじゃないかって。同じ目線で、同じ距離感で歌を歌えるバンドになろうって思ったのが、改名の大きなテーマです。