学生時代に撮っていた8ミリ映画と何も変わらなかった

――キャリアについてお聞きします。多摩美術大学を選ばれた理由を教えてください。

竹中 東京藝大を目指していましたが、二浪……。父とは二浪までと約束していて、滑り止めで受けた多摩美に受かったんです。

――当時は将来の仕事について考えていましたか?

竹中 「絵を描くのが好きだから、絵描きになりたい」みたいな感じでした。小学生の時は漫画家になりたいと思っていました。

――もともと映画はお好きだったんですか?

竹中 映画は好きでした。映画を嫌いだという人はなかなかいないと思いますが(笑)、多摩美のグラフィックデザイン科に受かり、映像演出研究会という8ミリ映画を作るクラブに入ったことがきっかけで、映画の世界に目覚めた感じですね。自分で物語を作り、脚本を書いて、絵コンテを描いて8ミリ映画を4本作りました。卒業制作は自分のCMです。

――撮った作品は映画のコンペに出しましたか?

竹中 僕達はみんな欲がなかったのかな、「コンペに出そう!」とか、「もっと多くの人に観てもらおう!」などと言う志を持つやつが誰一人いなかった。それが最高でしたね。学園祭で上映して友達に面白かったと言われたらもうそれで終わり。フィルムをどこに保管したかも覚えていない。作ることだけに夢中になって、それ以外の欲がなかった。多摩美時代のそういう感じ、好きですね。

――役者になりたいと思うようになったのは、その頃からですか?

竹中 昔からコンプレックスの塊だったから、自分じゃない人間になれる俳優に子どもの頃から憧れていました。でも、そう簡単にはなれるわけはないと思っていたし、ただの夢で終わると思っていました。まさか自分が俳優になり、映画の監督をするなんて…と言っても僕は本当に俳優なのか?映画の監督なのか?ただの肩書きですからね。

――素人時代からバラエティに出演、「ザ・テレビ演芸」のコンテストでチャンピオンになり、デビュー当時はコメディアンの印象が強かったですが、バラエティの方向に進もうとは思いませんでしたか?

竹中 コメディというか、「くっだらねぇー!何だこれ??」って言う感じが好きでしたね。僕はいろんな声が出せたり、物まねが得意だったので、バラエティ番組にも出ましたが、あまりにも笑ってもらえるので辛かったです。自分のやってることは絶対そんなに面白くないはずだって思ってたから、仕事を終えアパートに帰ると彼女の前でよく泣いていました(笑)。そういう意味では役者の方が、居心地が良かった。

――お笑いをやってよかったと思うことはありますか?

竹中 僕が生きてきた過程ですからね。あらゆる出会いがあってこそです。「ああ、やんなきゃよかった」と思うお仕事もありますが、人生に無駄なことは決してないと思います。自分だけが辛い思いをしていると思わないようにしています。

――学生時代に8ミリ映画を作るのと、プロとして映画の監督をするのでは、どんな点が違いますか?

竹中 全く違わなかったです。『無能の人』で監督をした時に「学生時代の時と変わらない!」と思いました。「脚本作り、ロケハン、キャスティング、美術設計」すべて同じでした。違いは、お金があることとスタッフ、キャストがプロである事。『無能の人』の、全ての仕上げ作業が終わった時は、あまりに寂しくて、その頃34歳のオヤジが日活撮影所前の多摩川で号泣しました。

――ご自身の監督作で、役者として出演する基準を教えてください。

竹中 自分の監督作品には、もう二度と出たくないです。昔はフィルム撮影でしたから現像が出来上がって、自分の演技を観るのがあまりに恥ずかしくて耐えられなかった。『無能の人』の主人公を演じられたのは夢のようでしたが自分の演出では照れ臭い。でもブルーリボン主演男優賞をいただいて「よかったのか?俺?」と思いました。自分で自分のことが見えないから生きていける。自分が出てくるだけで鬱陶しい。だから自分が出てる作品も観れませんね。僕にとってはやはり撮影現場にいる時が一番最高な時間です。

――今回の作品は出演されなかったのでよかったですね(笑)。

竹中 良かったです!俺が出たら作品が台無しです。

Information

『零落』
絶賛公開中!

キャスト:斎藤工 趣里 MEGUMI 山下リオ 土佐和成 吉沢悠 菅原永二 黒田大輔 永積崇 信江勇 佐々木史帆 しりあがり寿 大橋裕之 安井順平 志磨遼平/宮﨑香蓮 玉城ティナ/安達祐実
原作:浅野いにお『零落』(小学館 ビッグスペリオールコミックス刊)
監督:竹中直人
脚本:倉持裕
音楽:志磨遼平(ドレスコーズ)
©️2023 浅野いにお・小学館/「零落」製作委員会

8年間の連載が終了した漫画家・深澤薫(斎藤工)は、自堕落で鬱屈した空虚な毎日を過ごしていた。SNSには読者からの辛辣な酷評、売れ線狙いの担当編集者とも考え方が食い違い、アシスタントからは身に覚えのないパワハラを指摘される。多忙な漫画編集者の妻(MEGUMI)ともすれ違い、離婚の危機。世知辛い世間の煩わしさから逃げるように漂流する深澤は、ある日“猫のような目をした”風俗嬢・ちふゆ(趣里)と出会う。堕落への片道切符を手にした深澤は、人生の岐路に立つ……。

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竹中直人

1956年3月20日生まれ、神奈川県出身。俳優、映画監督。96年にNHK大河ドラマ「秀吉」で主演を務め話題に。『シコふんじゃった。』(92)、『EAST MEETS WEST』(95)、『Shall we ダンス?』(96)では日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞。 主演も務めた初監督作『無能の人』(91)がヴェネチア国際映画祭で国際批評家連盟賞,第34回ブルーリボン賞主演男優賞を受賞したほか、監督作・出演作で受賞多数。そのほかの監督作に『119 』(94)、『東京日和 』(97)、『連弾 』(01)、『サヨナラCOLOR 』(05)、『山形スクリーム 』(09)、『R-18文学賞 vol.1 自縄自縛の私 』(13)、『ゾッキ 』(21)、『∞ゾッキ 平田さん 』(22)などがある。

PHOTOGRAPHER:YUTA KONO,INTERVIEWER:TAKAHIRO IGUCHI,HAIR&MAKE:SHIZUKO WADA,STYLIST:REICA IJIMA