小さい頃から目立つことが好きで、自然と目指した芸能界
――幼少期はどんな子どもでしたか?
播磨かな(以下、播磨) 活発な子どもでしたね。元気いっぱいで目立ちたがりでした。学級委員に立候補したり、小学校6年生の時には運動会の応援団長もやっていました。

――目立つことに抵抗がなかったんですね。
播磨 抵抗というより常に目立ちたかったです(笑)。スポーツは得意じゃなかったのですが、それでも運動会で目立ちたかったので、応援団長になりました。あとは蛍光のニーハイを履いて出場していました。
――学校以外でも人前に出る機会はありましたか?
播磨 幼稚園からクラシックバレエを習っていて、発表会も楽しかった記憶があります。人前で何かをすることに緊張はしないタイプでした。
――いつ頃から芸能に興味が出てきたのでしょうか?
播磨 目立つのが好きなので、漠然と人前に立ちたいとは思っていました。でも具体的にやりたいことがあるわけではなくて、スポーツ選手が話題になればスポーツもいいなと思ったし、ファッション雑誌を見ればモデルもいいなと思っていました。とにかく有名になりたいという気持ちが強かったです。
――アイドルに興味を持ったきっかけを教えてください。
播磨 きっかけは朝ドラの「あまちゃん」です。女子高生がアイドルになるストーリーを見て、自分もアイドルになりたいと思いました。普段、朝ドラを見ているわけではないのですが、なぜか「あまちゃん」だけは家族で見ていて。大きな転機になりました。

――オーディションを受け始めたきっかけはありますか?
播磨 一緒にクラシックバレエをやっていた友達が、地元のミュージカルに出演していました。友達から一緒に出てみない?と誘ってもらったことがきっかけで応募したら、主役の一人を務めさせていただきました。
――主役はすごいですね。
播磨 私一人ではなく、複数いる主役の一人ではありましたが、ありがたかったです。終演後、出演したミュージカルをいつも見にきているファンの方からお声がけいただいて、芸能を目指してみたほうがいいですよって言われて(笑)。主役をやらせてもらったり、見た方からそんな風に言ってくださったので、オーディションにもチャレンジしてみようと思うようになりました。
――そこから2013年12月の3B juniorのオーディションに繋がるんですね。
播磨 3B juniorのオーディション以外もいろいろ受けていましたが、スターダストプロモーションは大きな事務所だし、ももクロさんが所属していることも知っていたので受かるといいなと思っていました。
――合格後は本格的な活動を前にレッスン期間に入ります。レッスンはいかがでしたか?
播磨 厳しいレッスンでした(笑)。週3回、歌とダンスのレッスンがあったのですが、長くクラシックバレエをやっていたこともあり、バレエの動きがなかなか抜けなくて苦労したのを覚えています。あとは振り付けを自分たちで考えて発表することもあって、振り付けを作るのも苦手だったり、みんなの前で先生に講評されるのも辛かったですね。
――ボイトレはいかがですか?
播磨 A〜Dの4つのクラスに分かれていて、Aが一番上、Dが一番下のクラスでした。みんなの前で一人ずつ歌唱をしてクラス分けが決まるのですが、私はきゃりーぱみゅぱみゅさんの「もったいないらんど」を歌って、なぜかAクラスに入ってしまいました。

――歌が上手かったからAクラスに入ったのではなく?
播磨 なんでAクラスに入ったかはわからないのですが、歌が上手くないのにAクラスに入ってしまって、いつも怒られていました。Aクラスのメンバーは芸歴も長かったり、ずっと歌をやってきている子が多かったので、先生の指導があったらその通りに歌えていました。でも私は言われたことがなかなかできなくて、次回までに練習してくるようにと言われても、なかなか上手くならなくて。ボイトレの前日になるとイヤだなと思っていました。
――3B juniorとしての活動が本格化する前の2014年3月に「ももクロ春の一大事2014 国立競技場大会〜NEVER ENDING ADVENTURE 夢の向こうへ〜」でバックダンサーとして国立競技場のステージに立たれます。この時のことは覚えていますか?
播磨 ペンライトに包まれている景色がすごくキレイで感動したのを覚えていますし、いつか自分もももクロさんみたいになりたいと思いました。一番印象的だったのは、リハーサルで初めてももクロさんと対面できたことです。リハーサルだったので、ももクロさんも普通のレッスン着だったのですが、オーラというか輝きがすごかったです。これが本物のアイドルなんだというのを実感しました。
――圧倒的な存在感だったんですね。
播磨 緊張している私たちを見て、一番最初に声をかけてくれたのがあーりん(佐々木彩夏)で、場を和ませてくれたのを覚えています。その時からあーりんは憧れの存在でした。
――国立ではバックダンサーとしての出演でしたが、自分たちの初パフォーマンスは、2014年11月のももいろクローバーZの「女祭り2014 〜Ristorante da MCZ」の男性限定ライブビューイング「女祭り2014 メンズ限定非公式のぞき見大会『サンクチュアリ』」だったと思います。はちみつロケットとしてももいろクローバーZの「未来へススメ!」をパフォーマンスされましたが、いかがでしたか?
播磨 お客さんの前でパフォーマンスするのは緊張しましたが、楽しさが上回っていました。ももクロさんの衣装をお借りして、私はれにちゃん(高城れに)の衣装を着させていただきました。ももクロさんが実際に着用した衣装を着て、ステージで歌わせていただけたことが嬉しかったです。
――はちみつロケットのメンバーが決まったのはいつ頃だったのでしょうか?
播磨 2014年の10月くらいだったと思います。初パフォーマンスの1ヶ月くらい前です。はちロケのメンバーが集められて3B juniorとは別のグループとして活動することが伝えられ、自分たちでグループ名を決めるところから、はちロケの活動が始まりました。
