学生時代にできなかったことをやりたいという気持ちが湧いてきた
――音楽以外の趣味についてもお聞きします。DIYもお好きなんですよね。
YOH 僕自身、不器用ではあるんですが、昔からものづくりが好きだったんです。プロレスラーじゃなかったら大工になりたかったくらい、職人さんへの憧れがあって、一つのことを追求する人が好きなんです。
若手の頃に『大改造!!劇的ビフォーアフター』に出る機会があったんですが、そのときに知り合った工務店の方と今でも関係が続いているんです。海外から帰ってきて一人暮らしを始めるときに、その方が棚を作ってくれて。それを手伝わせてもらったら面白くて。自分で工具を揃えて、木材を買ってきて、テーブルや作業台を作るようになりました。幾つか棚を作ったんですが、市販のものより自分の好みに合ったサイズで作れるので、ずっと使い続けています。
――レコードラックもあるんですか?
YOH レコードラックも自作です。ただ所有数が千枚を超えると、収納が大変で。昔はジャンルやバンドで分けていて、「関係性を考えるとオアシスとブラーは離したほうがいいかな」とか、細かいことを考えて収納していたんです。でも今は増えすぎて、地べたに置いています(笑)。
――ミシンも使うんですよね。
YOH ミシンは2024年に肩を怪我して、半年休まなきゃいけなくなったときに始めたんです。リハビリは午前中で終わっちゃうので、残りの時間に何をしようかと考えて。僕のコスチュームを作ってくれている友達が、一から自分で作る人で、その過程を見ていたので、自分でもやってみようかなと。最初は簡単なトートバッグから始めたんですが、どんどんのめり込んで、復帰する頃には「もうちょっと休みたいです」と会社に言ったくらい(笑)。まだ服を作るまでの技術はないんですけど、大体の小物だったら作れます。サコッシュとかペンケースとかを作って、友達にあげたりしています。
――ご自身のコスチュームはデザインも考えるそうですね。
YOH コスチュームに関しては自分でデザインするパターンと、友達がデザインするパターンの二つがあります。ただ僕は絵が描けないので、頭の中のイメージを言葉で伝えて。それを受けてデザイナーの友達が何パターンかデザインを作ってくれて、そこから選んだものを仕上げてくれるんですが、自分の予想を超えてくる完成度の高さなんです。
――ご自身でデザインするときにこだわりはありますか。
YOH その時々の自分の置かれている状況を反映しつつ、くすっと笑えるような要素も入れるようにしています。

©新日本プロレス

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――ちなみに学生時代は、どんな服を着ることが多かったですか。
YOH あまり今と変わらないんですが、StüssyやXLARGEなどのストリートブランドが好きでした。レスリングをやっていると、みんな体つきが同じなので着る服も一緒みたいなところがあって(笑)。僕はXLARGEを着ることが多かったんですが、今でもたまに欲しいなって思います。
――スケートボードを始めたのも、スケーターブランドの影響はありますか。
YOH 多少はあるかもしれないですね。大人になって、学生時代にできなかったことをやりたいという気持ちが湧いてきて。というのも、ずっと部活一本でやってきたので、スケーターに対する憧れがあったんですよね。ある日、近所を歩いていたら、中学生のスケーターがスケボーをさして自転車を漕いでいて、「めちゃくちゃかっこいい!」と思ったんです(笑)。それをコスチュームのデザインをやってくれている友達に話したら、「俺スケボーできるよ」と。小学生からやっていたらしくて、見せてもらったら普通にオーリーができるんです。それを見て、始めようと思いました。
――実際やってみていかがでしたか。
YOH やっぱりトリックが難しいですね。好調なときは10センチぐらいオーリーできるようになりましたが、そこから伸びないんですよね。スポーツ経験はあんまり関係ないみたいで、やった回数分だけ感覚を掴んでいく感じで。ただ打ち込んでいたら膝が痛くなって、本業に支障をきたしたら元も子もないなと思って、そこまで頻繁にはやってないです。今は半年くらいブランクがありますね。ただ宮城の実家にも1台置いてあって、帰省したときに滑りますし、また暇を見つけて再開したいですね。

――最後に「BEST OF THE SUPER Jr.33」への意気込みをお聞かせください。
YOH 去年は準優勝だったので、今年こそ果たせなかったことを果たしに行きます。今年の大会キャッチコピーが“やり過ぎ上等!!”で、ちょうど僕も同じようなテーマを考えていたんです。その一致も運命的だし、「今年は俺の年だろう」という意気込みでやります。
YOH
1988年6月25日生まれ。宮城県出身。両親の影響で3歳のころからプロレスをテレビ観戦する。中学1年のときにプロレスラーを志し、高校と大学でレスリング部に所属。大学卒業後の2011年5月からは、アルバイトをしながらプロレス学校(プロレス道場ヤングライオンクラス)に通い、2012年2月の入門テストに合格。同年11月19日『NEVER』の渡辺高章戦でデビュー。2015年6月に「BEST OF THE SUPER Jr.」に初エントリー。2016年1月24日後楽園ホール大会での壮行試合後、同期の田中翔と共にメキシコCMLL遠征へ。その後、アメリカに渡りROHで活躍。2017年10月9日両国国技館大会で、ロッキー・ロメロ率いる“ROPPONGI 3K”としてSHOとともに凱旋帰国。田口隆祐&リコシェ組の持つIWGP Jr.タッグ王座に挑戦し、第54代王者となる。2021年12月15日両国国技館大会で、初となる「BEST OF THE SUPER Jr. 28」優勝決定戦に挑むも、高橋ヒロムのTIME BOMB Ⅱに敗れ準優勝となった。昨年、「BEST OF THE SUPER Jr.32」に2年ぶり7回目のエントリー、4年ぶり2度目の優勝決定戦で藤田晃生に破れ準優勝。
INTERVIEWER:TAKAHIRO IGUCHI,HAIR&MAKE:KUMIKO QTA
