誰とでも気軽に繋がりやすい時代になったけど、一人にもなりやすい世の中
――猪股監督の演出はいかがでしたか。
稲葉 NOを言わないでくれるんです。たとえば俳優がやったことに対して、「それは違う」じゃなくて、「今のも良かったけど、こういう方法、こういう加減、こういう具合でやってほしい」とリクエストに近いような指示をしてくださる。ご自身で脚本も書いているので、こちらの様子を見て、間合いを計りながら、すごく優しく演出される方だなという印象でした。
――演じる側として自由度が高かったというこでしょうか。
稲葉 そうですね。でも、ちゃんとこだわりや指針がある方なので、ただの自由ではないんです。道に迷うような自由さではなかったから、とても心地よく演じさせていただきました。
――ちばしんを演じた橋本淳さんとは2013年に出演した舞台「飛龍伝」以来の共演だったそうですね。
稲葉 そうなんです。その後もお互いの作品を観たり、一緒に食事をしたり、ずっと関係値はあったのですが、がっちり仕事でご一緒できることが、めちゃくちゃうれしかったです。
――橋本さんのほうが6歳年上ですが、年齢差を感じることはありますか?
稲葉 全くなかったです。今回の作品も、本当に尊敬している先輩だからこそ、安心して飛び込むことができましたし、「あっちゃん(橋本)なら何をしても大丈夫」という信頼感もあって。お互いに相互理解があるので、わざわざ確認しなくても大丈夫でした。すごくかっこいい先輩です。
――映画でも同級生感があって、距離感が絶妙でした。
稲葉 いきなり、ながちんがちばしんの家を訪ねて、最初は打てど響かず。でも強引に連れ出して、無理やり食い逃げをして、思い出の地を連れ回しているうちに、ながちんのエネルギーがちばしんにも移っていく。逆にながちんはシリアスな状況が迫っていて、二人の線と線、上昇と下降が混じり合っていく。そんな軌跡を考え過ぎず、自然と演じられたのはあっちゃんとの関係性があったからでしょうね。
――かつてはエリートだったけど落ちぶれて悶々とした日々を送っているちばしん。好き勝手に生きてきたようで、一歩踏み出せていなかったことを、実践していくながちん。どちらに共感しましたか?
稲葉 どちらも分かる気がしました。ながちんはとある事態に直面して、やりたかったことを実現していく。でも普通に日常が続いていたら、好きな人に思いを伝えられないとか、一歩踏み出していなかったこともある。一方のちばしんは、これまでの人生でゆっくり傷ついて、じわじわと後ろ向きになっていく。誰とでも気軽に繋がりやすい時代になったけど、逆を考えると、一人にもなりやすい世の中なので、誰もがちばしんのようになりうる。だから、ながちんもちばしんも、感覚として心当たりはありました。