何番目に生まれたかは自分のキャラクターを構成する大事な要素

――『「これだけはわかってる」〜Things I know to be true』の台本を初めて読んだときの印象はいかがでしたか。

市川 家族の関係性をテーマにした作品はたくさんありますけど、「これだけはわかってる」は兄弟ごとにスポットが当たる構成になっていて、舞台を見る人それぞれが家族の誰かに自分を重ね合わせられる素晴らしい脚本だなと思いました。文字だけでこれだけ面白いんだから、脚本を超える作品にしなきゃいけないというプレッシャーも感じました。

――海外の戯曲なので、日本よりも家族同士のコミュニケーションが密接ですよね。

市川 文化の違いがありますよね。僕自身の家庭は、家族それぞれ愛情があるけど、態度としては割とドライなほうでした。感情を出すことに照れもありますしね。ただ「これだけはわかってる」で描かれている家族の気持ちは、誰しも共感できるものです。

――市川さんの演じる4人兄弟の長男・マークはセクシャリティに悩むデリケートな役です。

市川 マークが抱えているのは、家族だけではなく、他人にもなかなか言いにくい問題です。僕自身はマークのような悩みを抱えていないですが、家族だからこそ言えない個人的な悩みや問題は僕にもありました。だから家族に言えなくはないけど言いたくない、言うことによってそれを受け入れてくれるかどうかという不安、そういうマークの気持ちは共感できます。結果、マークは家族に打ち明けますが、その勇気が見た人に届くように演じないといけないなと。簡単に吐き出すんじゃなくて、マークの一瞬一瞬の葛藤と対峙して、家族と戦っていこうという気持ちで舞台に立とうと思います。

――役作りも繊細さが求められますよね。

市川 デリケートな問題ですからね。マークに対してリスペクトを抱きながら、リアリティを感じさせるように演じなければいけないなと。僕自身、打ち明けられる立場だったら、どういう対応をするのか考えることもあって。僕がマークのお父さん・ボブだったら、子どものやりたいことや理想を受け入れたいと思うけど、世間体を気にすることもあるのかなと思ったりして。その辺を見た人がどう捉えるのか……お客さん自身の問題でもあると思うので、舞台を見て考えていただけるとうれしいです。

――市川さん自身は、どのキャラクターに一番共感しますか?

市川 僕が父親だったら、おそらくボブのような立ち回り方をするタイプだと思うのでボブですかね。舵を取っているのはお母さんのフランで、普段は静観して見守っているけど、空気を読みつつ要所要所で出てくるみたいな。だけど抜けてる部分もあって、そういうお父さん像に憧れもあります。

――市川さんにご兄弟はいらっしゃるんですか?

市川 兄がいて僕は次男です。今回の舞台だったらベンの立場なんですけど、彼のように僕は奔放ではありません(笑)。兄よりも甘やかされた自負はありますけどね。

――マークを演じる上で、実のお兄さんを参考にしましたか?

市川 そうですね。兄に限らず、身近にいる長男を見ていると、親からの期待や理想を受け止め過ぎて、親との関係性が不器用な印象を受けるんですよね。それってある意味、被害者だし、どうしても背負わなきゃいけないものなのかなって思いました。マークも長男としての期待を背負っていて、特にボブは自分の理想の男になってほしいと願っているんですよね。もしかしたらベンがマークと同じ問題を抱えていても、ここまで悩んでいなかったのかもしれない。そういう何番目に生まれたかというのも家族内では大事なことで、自分のキャラクターを構成する要素なんだなと思いました。

――最後に舞台の意気込みをお聞かせください。

市川 長男としての葛藤を抱えながら家族と向き合って、自分の問題を乗り越えるマークの姿を見ていただいて、来ていただいたお客さんに家族の貴重さを再考する機会にしていただけたらうれしいです。そのためにも僕は一家の長男として、この舞台を生き抜きます。

Information

『「これだけはわかってる」〜Things I know to be true』
日時:2023年6月30日(金)~7月9日(日)
場所:東京芸術劇場シアターウエスト

出演者:南果歩 栗原英雄 山下リオ 市川知宏 入江甚儀  山口まゆ

作:アンドリュー・ボヴェル 翻訳:広田敦郎 演出:荒井遼
美術:牧野紗也子 衣裳:ゴウダアツコ 照明:榊󠄀美香 音響:森谷公一 ヘアメイク:山本絵理子 ステージング:王下貴司 舞台監督:深瀬元喜
主催製作:tsp Inc.

物語はオーストラリアの地方都市アデレードの郊外。いわゆる地方都市。そこにプライス家の日々がある。母親のフラン(南果歩)は看護師、父親のボブ(栗原英雄)は元自動車工。今は長女ピップ(山下リオ)の子供の迎えや庭の手入れ、特にそこに植えられたバラの手入れが主な彼の仕事だ。そこにヨーロッパへ一人旅にでていたはずの末娘のロージー(山口まゆ)が帰ってきた。どうやら旅先で出会った男性との恋にやぶれ、心の傷を癒すために家族の元へ戻ってきたようだ。プライス家は六人家族。長女のピップは教育局で働くキャリアウーマン、長男のマーク(市川知宏)はIT系のエンジニアで次男のベン(入江甚儀)は金融関係で働いている。どこにでもある家族の会話と風景がそこにある。一家を切り盛りする母親を中心に皆が家族を想い、慈しみ合っている。とても明るい活気のある家族。しかし、それぞれがなかなか家族に言い出せない悩みや問題を抱えていた。一番近いはずの家族、でも実はもっとも遠い存在と感じることがある「家族」。打ち明けられない悩みや、本当に言いたいことが伝えられないもどかしさ。そして本当は愛していると伝えたいのに、感謝しているのに、それがことばにできない時、あるいは意図せずに酷いことばを投げつけて、傷つけ合ってしまう家族との関わり。わたしたちの人生はこんな痛みや悲しみや、もちろん喜びもですが、を家族や人との関わりの中で経験し、自分が「わかっていること」、自分にとって「本当のこと」のリストを増やしていくのでしょう、決してそれを知らなかった頃には戻れないことを知りながら……。春・夏・秋・冬……、そして春……。再び巡ってくる季節、木々や花たちは1年前と同じように芽吹き、花は咲く。しかし、その春は1年前の春とは確実に違う春なのです。この物語はそんな家族のとある1年間の物語です。

公式サイト

市川知宏

1991年9月6日生まれ。東京都出身。2008年に高校2年生で受けた第21回「ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」でグランプリを受賞し芸能界入り。翌09年にドラマ『カイドク〜都市伝説の暗号ミステリー〜』(CX系)で俳優デビュー。10年には連続ドラマ『クローンベイビー』(TBS系)で初主演を果たす。以後、映画、ドラマ、舞台、CMと幅広く活躍し今年がデビュー15年目の節目を迎える。近年の主な出演作に【映画】『野球部に花束を』(22)、『仮面ライダービヨンド・ジェネレーションズ』『裏アカ』『ブレイブ−群青戦記−』(21)、『完全なる飼育 etude』(20)ほか。【ドラマ】『僕らの食卓』(BS-TBS)、『勝利の法廷式』(NTV系)、『ワタシってサバサバしてるから』(NHK)、『飴色パラドックス』(MBS)、『オールドルーキー』(TBS)ほか。【舞台】『浪漫舞台 新装「走れメロス」〜小説 太宰 治〜』(22)、『舞台版 マーダー☆ミステリー〜探偵・斑目端男の事件簿〜』(21)、『赤と黒 サムライ・魂』(19)ほか。

PHOTOGRAPHER:TOSHIMASA TAKEDA,INTERVIEWER:TAKAHIRO IGUCHI