ツェン・ジンホアさんは温かいけど低温という独特の雰囲気を持った方
――映画の原作は吉本ばななさんの短編小説です。
岸井 原作にはない視覚的な要素を自分の想像で補って撮影に臨んだんですが、映像になることによって、より小説の世界と重なるところがあって。完成した映画を観て、たくさんの彩りを感じましたし、小説を見ているようでもありました。一方で原作にはない“声の話”が脚本に付け加えられているんですが、個人的に大好きなシーンで、そこは映像ならではだなと思いました。また雨が降ったときに、シンシンが手を傘替わりにしてくれるシーンは二人の関係性が垣間見えるなと。映像を通して、ちづみと一緒に台湾を旅しながらシンシンと出会うという経験をすることで、より作品の世界に入り込みやすくなったのかなと。

――雨のシーンも原作にはないですよね。
岸井 脚本にも雨のシーンはなかったんですが、台湾で雨が続いて、撮影期間も限られていたので、「雨設定にします」ということで生まれたシーンで、雨を味方につけたなと思います。
――共演されたツェン・ジンホアさんの印象はいかがでしたか。
岸井 ほとんどのセリフを日本語の音で丸暗記していたんですが、現場でも常に中国語の台本と照らし合わせながら、どのシーンで何を言っているのかという気持ちの土台を作ってくれていました。「歌のようにセリフを覚えているんだ」と仰っていたんですが、そこに作り込んだ気持ちが乗っているので、すごく伝わるんです。それが感動的で、心さえあれば、言語が違っていても受け取れるものは受け取れるし、伝わるものは伝わるというのをジンホアさんから教えてもらいました。
――ジンホアさんは日本語も上手ですよね。
岸井 とても誠実な方で、空き時間はずっと日本語の練習をしていて。台本に書き込みがびっしりあって、しかも全部ひらがなで書いてあるんです。字が綺麗で、「なんでそんなにひらがなを書くのが上手なんですか?」と聞いたら、「一筆お祓いいたします」というジンホアさんが書道家の祖父を持つ高校生の役をやったドラマがあって、そのときにひらがなを覚えたそうなんです。ドラマで書いたひらがなも全部ジンホアさん自身の字で吹き替えなしだったそうで、今回の『シンシン』もそうですが、一つひとつの仕事に誠実に向き合っているんだなと感じました。

――その誠実さはシンシンのキャラクターにも表れていましたよね。
岸井 すごく温かいんですけど低温な感じが不思議で、それがシンシンにもつながっているんですよね。言葉に嘘がなく聞こえるというか、そう思って言っているのが伝わってくる。ジンホアさんが演じるシンシンは信じられる言葉を持っているんですよね。
