役と離れた瞬間は抜け殻になったような気持ちになる
――岸井さん自身、ちづみのように喪失感を抱いたことはありますか。
岸井 身近なところで言うと、作品が終わったときは喪失感に陥ります。作品にもよりますが、長いときは準備期間も含めて半年以上にわたって、その役でいることになります。オールアップして、その役と離れた瞬間は、自分と役のどちらで生きていたのかな?みたいな、抜け殻になったような気持ちになります。

――全身全霊で役に入り込むんですね。
岸井 入り込みすぎないほうが健康的だとは思うんですが、私には難しいですね。役との距離感を掴めなくなっちゃうことが多いです。でも『シンシン』は、今までよりも切り離すことができたんです。
――なぜでしょうか?
岸井 大半を台湾という土地で撮影したことが大きくて。たとえば東京で長く役として生きた場合、東京の景色が澱のように残ってしまうんです。でも、ちづみとして見た景色で思い出に残っているのは台湾の景色が大半なので、ちゃんと台湾で終われたという感覚があって、喪失感の重さが少し違ったのかもしれません。
――精神的に落ちたとき、どうやって抜け出しますか。
岸井 長い時間をかけて分かったことなんですけど、とにかく自分を認めてあげること。喪失だったら喪失、絶望だったら絶望と目を合わせることが第一なんだなと思います。
――そういうとき、誰かに相談することはないんですか。
岸井 あまり人に相談できないタイプで。喪失や絶望は学びでもあるので、一人で解決しようと思ってきましたし、自分の持ち合わせているものから答えを見つけようとしてきました。もちろん信頼している人はいますし、力を借りたいと思う人もいます。最近になって、周りを見てみようと思い始めて。途中の出来事を誰かに吐露してもいいのかなと思い始めているところです。
――落ちているときに救いになるものはありますか。
岸井 映画を観ることです。自分が映画に出演することと、ただ映画を観ることは、私にとって完全に別のことなので、映画は常に私を助けるものになっています。
――落ちているときは、どういう映画を観ることが多いですか。
岸井 あえて明るい映画は観ないかもしれないです。たとえば有名な作品だと『インターステラー』(14)を観ますね。
――最近観た映画で印象的な作品はなんですか。
岸井 ロベール・ブレッソンの特集上映をやっているので通っているんですが、ブレッソンは面白すぎますね。

――初めて観たブレッソン作品はなんですか?
岸井 確か初めて観たのは二十代のときで『田舎司祭の日記』(50)だったと思います。
――ブレッソンは画面設計も含めてストイックな作風ですよね。
岸井 そういう作風が好きなんですよね。数年前にやっていたジョン・フォードの特集上映にも通ったんですが、ブレッソンと共通するものを感じました。
――ブレッソンで一番好きな作品は何ですか。
岸井 『スリ』(59)です。あんなにシンプルで素朴なのに、あんなに面白いものが撮れるってすごいなって。手元のショットとかも最高で。今はいろんな技術が発達していますし、VFXやズームなどを多用しがちだと思うんですが、それを使わないことの豊かさがあるんですよね。そうした、これみよがしではない表現は『シンシン』にも通じるところだと思います。
Information

『シンシン アンド ザ マウス/SINSIN AND THE MOUSE』
2026年6月26日(金)より新宿バルト9、シネスイッチ銀座ほか全国公開
母を亡くし、深い喪失感を抱えたまま日々を過ごす、ちづみ(岸井ゆきの)。心の空白は埋まらず、時間だけが過ぎていくなか、友人に誘われ、台湾を訪れた。そこで、台湾人の母と日本人の父を持つ・シンシン(ツェン・ジンホア)を紹介される。見知らぬ街の風景と、何気ない会話の積み重ねが、止まっていた心を少しずつ動かしていく。消えない悲しみを抱えながらも、小さなぬくもりを見つけて――。
出演:岸井ゆきの ツェン・ジンホア ほか
原作:吉本ばなな 「SINSIN AND THE MOUSE」(新潮社刊「ミトンとふびん」収録)
監督・編集:真壁幸紀
脚本:真壁幸紀、加藤法子
配給:カルチュア・パブリッシャーズ
Copyright © 2021 by Banana Yoshimoto All rights reserved.Japanese original edition published by Shinchosha Publishing Co., Ltd., Japan in 2021.The permission to use the original novel to produce this movie has been arranged withBanana Yoshimoto through ZIPANGO, S.L.
©2026 映画「SINSIN AND THE MOUSE」FILM PARTNERS
岸井ゆきの
1992年2月11日生まれ、神奈川県出身。2009年俳優デビュー。以降、映画、ドラマ、CMなどで活躍。2017年、初主演を務めた映画『おじいちゃん、死んじゃったって。』(森ガキ侑大監督)にて、第39回ヨコハマ映画祭 最優秀新人賞を受賞。『愛がなんだ』(19/今泉力哉監督)では第43回日本アカデミー賞 新人俳優賞を、『ケイコ 目を澄ませて』(22/三宅唱監督)で第46回日本アカデミー賞 最優秀主演女優賞をはじめ多くの映画賞を受賞。近年の出演作に映画『若き見知らぬ者たち』(24/内山拓也監督)、『佐藤さんと佐藤さん』(25/天野千尋監督)、ドラマ「お別れホスピタル」(23/NHK)、「恋は闇」(25/NTV)、「火星の女王」(25/NHK)、「お別れホスピタル2」(26/NHK)など。公開待機作に、第79回カンヌ国際映画祭で、ある視点部門に正式出品された映画『すべて真夜中の恋人たち』(26/岨手由紀子監督)がある。
PHOTOGRAPHER:YUTA KONO,INTERVIEWER:TAKAHIRO IGUCHI,HAIR&MAKE: MISUZU MOGI,STYLIST:MAKIKO FUJII
